―――例え此の身に、翼なくとも。
深空 ミ ソ ラ
広く広く広く広く。
其れは唯々、広い空。
青く青く青く青く。
其れは唯々、青い空。
例え此の身が、鳥に成れない出来損ないだとしても。
嗚呼。焦がれることは。愚かな証。ですか―――。
入部試験の時、初めて会った。
めちゃめちゃキラキラした奴で、人一倍動いてて、人一倍楽しそうで、誰よりも明るく振舞っていた。
それは強烈な印象で、笑えないギャグも笑えるギャグも、時折見せる真剣な表情も、何もかも強く焼きついた。
けれど、それは表面でしかなかった。
入部してからアイツと親しくなった。
猿野はまるで光みたいな奴で、何だかんだ言って、普段は喧嘩腰の俺にも優しかった。
俺が吹っ掛けなければ、普通の『友達』的な対応をしてくれる。
・・・そして何時しか、俺はそれ以上の感情を抱いた。
その当時は言えるはずも無いと思って、それに自分の感情も持て余していて、
でも、結局は色んな偶然のうちに言ってしまって。
・・・・・・・・・結果は、ありがたいことに、拒否、されなかった。
それから俺たちは、少しずつ多く、時を重ねるようになった。
屋上で昼飯を共にしたり、たまには一緒に帰ったり、こっそり二人で練習したり。
校内でばったり会えば少し笑ってみたり、二人して授業をサボって空を見てみたり・・・多く、本当に多く接してきた。
そして、そこから見えた、『猿野天国』。
アイツは、本当は、光でも何でもなかった。
ただ楽しそうに笑ってるのを見て、俺たちが勝手にイメージを創り上げていただけだった。
貼り付けた笑顔を見て太陽だと喩え、たまの涙を見て美しいと泣いた。
俺たちは、押し付けたイメージで、アイツをがんじがらめにしていた――――――ら、しい。
俺は何時、気付いた?
そして何時、気付かないふりを決め込んだ?
「おんや、犬飼。何、天国と一緒じゃねぇの?」
「え?いないのか?」
昼休みが来て直ぐに、アイツのクラスへ向かった。
俺とはクラスが違うせいで、俺がいつも廊下を歩いて会いに行った。
そんなところ、最初は見られたくなかったけれど、でも、アイツと会えないより・・・、ちょっと我慢する。
だけど、今日は、もう居なかった。
「一緒じゃないのか。アイツ、屋上行ってくるっつってたから、てっきりアンタと一緒かと」
「いや・・・・・・ありがとう」
「いえいえ」
沢松は多分 愛想笑いだろう笑みを浮かべながら、俺に言った。
野球部に入部してからもアイツを心配そうに見ていたから、とうとう俺に取られたな、とでも思ってるのかもしれない。
俺はとにかく少しの礼を言って、さっさと教室を出た。
廊下を何度か曲がり、階段を何段も上がり、段々と空に近づく。アイツに近づく。
昼休みという時間帯もあって、校舎内は騒がしい。
笑い合い、話に花を咲かす生徒たちがいれば、黙々と弁当を食べている奴も居る。
かと思うと購買へとダッシュしていく奴、その帰りだろうガッカリした顔で戻ってくる奴。
それぞれがそれぞれの気の合う人間と、それぞれの話をしているのだ。
ああ俺も、早くアイツに会いたい。
今までの自分じゃ想像も出来なかった感情が浮かぶ。
この感情は認めれば意外にすんなりと心に染み渡っていって、今じゃすっかり俺の一部だ。
アイツの存在は、大きい。俺には抱えきれないほどの、大きく美しい存在。
屋上へ続く階段は、普段は生徒立ち入り禁止の非常階段。その階段を、上へ上がっていくと屋上に出れる。
南京錠のかかった厚い鉄の扉があって・・・アイツや他にも一部の生徒は、その鍵をすんなり開けて入っていく。
俺も何度か挑戦してみたけれど、全く上手く開かなくて、結局、此処へ来る時は専ら猿野が開けてくれる。
今日は、その鍵が既に無かった。普段は開かせまいと頑張っているのに、姿が見えないのだ。
俺はそれで、どうやらアイツが既に中・・・というか、外に居るのだと確信する。
他の扉より少し重い鉄製のそれを、俺はゆっくりと押し開ける。
普段あまり開閉されないせいか、反応は良くなく、ギ・・・と鈍い音を立てる。
それでも開いてゆく扉の隙間から、俺は、眩しい光と共に、青い青い空を見た。
そして。
立っている猿野天国を、見た。
「・・・・・・いぬかい?」
「猿野。先に行ったって、沢松に」
「あぁ」
逆光で見にくいが、どうやら少し眼を細めているようだった。
柵に凭れかかっているらしく、両手を広げている。向こう側を見て、顔だけ此方へ向けているのだろうか。
バタン、と後ろで自動的にドアが閉まった。微かに聞こえていた喧騒がさらに小さくなり、ほぼ消えた状態になる。
さっきまで聞こえにくかった猿野の声が、俺の耳によく通るようになった。
だから、そのせいで、俺は。
聴かなきゃ良かった言葉を、聞く。
「じゃあな?」
「は?」
聞き取れなかった、否―――聞く事を、拒否したのかもしれない。
だって、今、アイツは何て言った?
だって、今、アイツは何処にいる?
だって、今、今、今ッ――――――!!
「猿野ッ?!」
必死だった。久しぶりに、凄く久しぶりに必死だった。
他はもう何も考えられなくて、考える余裕も無くて、考えたくもなくて。
何故、猿野、何故っ・・・・・・?!
「痛い、よ、犬飼。離せ」
アイツは軽く言った。まるで、俺の方が間違っているように言った。
それは初めて見るアイツの酷く冷たい瞳で、けれどよく見知った強い美しい瞳で。
改めて思うのは、嗚呼もっと、早く、此の手が届いていれば、良かったと。
「痛いじゃねぇだろ!!なんっ・・・何のつもりだ御前!!」
柵に凭れかかっていると思った、いや凭れかかってはいたのだけれど。
それは此方側から凭れかかっているのではなくて、向こう側から、何も無い側から、此方へ。
たった二本の細腕で、アイツは体重を支えて、遠く霞む空に溶け込むように、立っていた。
「何時か、話したっけ」
「魚が水を求めるように鳥は、空を―――」
「・・・・・・ごめん、な」
痛いと言われ、握り締めた腕の力を弱めた。
そんなことしなければ良かった。そんなの優しさなはずが無かった。
馬鹿力、それを持ったアイツに、緩めた俺の腕はいとも簡単に振り解かれて。
「さ」
「魅せてやるよ」
脳で変換した言葉は、間違っていただろうか。
でも、アイツは確かに『見せてやる』ではなくて、『魅せてやる』と言った気がして。
屋上の柵の向こう、足場が少ない向こう、
まるでそこには続きが在るように。俺には見えない、道が続くかのように。
アイツの足は少しだけ折られて、直ぐに勢いよく伸ばされて、そして上がった。
柵に絡められていた十指は、見事に解かれて、両腕は大きく広げられた。
嗚呼――――――、飛、ん、だ。
不謹慎なのも場違いなのも判っているけれど、解っているけれど、でもとても、とても、酷く、
美しい、と、思わざるを得なかった。
「猿野ッ・・・・・・さるのーーーーーーッッ!!」
どうして、此の手は届かなかったんだろう。
どうして、此の手は掴めなかったんだろう。
アイツが本当は切ない瞳をすることも、アイツが本当は痛々しい表情を隠していることも、
実は凄くよく泣くことも、何度も何度も空が好きだと言ったことも、そして、鳥になりたいと言っていたことも。
俺は、俺は、犬飼冥は―――聞いて、聴いて、なかった、の、か――――――?
好きで、好きで、仕方なかった。
その想いさえ、アイツに、押し付けてしまったんだろうか。
「あー真に残念なことにー我校でー・・・・・・」
次の日、新聞の紙面はそれが全てだった。
何処の社も、好き勝手な解釈をして、何処の人間も、イメージの中のアイツで悲しんで。
『明るい子だったのに』
『悩みなんて無さそうだったのに』
『どうして彼が』
『一言言ってくれれば』
『死ななくても良かったのに』
そうして好き勝手なことを言って、好き勝手に死を悼んだ・・・・・・俺も、だ。
アイツを助けてやれなかった。死んでしまうのを、ただ、見ているしかなかった。
自殺なんていう結果しかもたらしてやれなかった。俺はきっと、一番近くにいたのに。
まだ、名前も呼んでなかった。もっと、色んな場所に行きたかった。
嗚呼どうして、どうして、俺の手は届かなかったんだろう――――――。
どうせなら、俺も連れて逝ってくれれば良かったのに、と。
今は亡き、鳥になったアイツに想う―――。
深空 終///
茜梨花音様に捧げる犬猿。掲示板100回目カキコ記念です。(笑)
リクエストは『猿が空飛べる話』でした。・・・飛んではいますね!!(ヲイ)
今回、実はかなり書くのが楽しくて・・・。書き上げるの早かったです。ぅわあ★
とりあえず、犬猿ってものを突き詰めてみようかと思いつつ・・・あ、あれ?(汗)
冥くんの天国への感情はこんな感じかなぁ、ということで。
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元水風さん現イナバさんから掲示板100回目カキコ記念祝い(笑)に頂いた深空シリーズ第一弾!!
『猿が空を飛ぶ話』という私の変なリクからこんな壮大なモノが始ってしまってドッキドキおろおろしてます(どきんこ)
100回目カキコで何かいただけるだけでも驚愕もんですのにシリーズですって!!?Σ( ̄□ ̄ノ)ノ
イナバさん・・・そんなに私を喜ばせても良いことないですよ・・・(どきどき)
このヘタレわんこはきっとこんな感じで後悔ばかりしてるんだと思います。
あと一歩が踏み出せない。まさにそんな感じ。
そこが犬猿のモエーなところですv
イナバさん本当にありがとうございました!!!!
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