―――例え此の身に、翼なくとも。










      深空      ミ ソ ラ










 広く広く広く広く。

 其れは唯々、広い空。


 青く青く青く青く。

 其れは唯々、青い空。


 例え此の身が、鳥に成れない出来損ないだとしても。


 嗚呼。焦がれることは。愚かな証。ですか―――。






 最初の出会いは、入部試験後。
初っ端から、多分お互い良いモンじゃなかった。
アイツは俺のことを『軟派で適当なキザ野郎、何かにつけてライバル』なんて感じで認識しただろうし、
俺も俺で『同じファースト希望のド素人』、それくらいだった。

 ―――それが、何時だったろうか。
煩い煩いと思っていただけのアイツの瞳の奥に、何処か暗い闇を感じて。
気になって興味が湧いて、こっそりとゆっくりと、近づいてみたんだ。
 そして映ったのは、紛れも無い、闇だった。
今まで多くの他人に――少なくとも野球部の奴らに――見せていたのは、
まるで薄皮のようなアイツのペラペラの表面で、本当はその下に、何層も何層も真実を塗り込めていた。
多分それを悟られまいと、馬鹿みたいに笑って、アイツは日々を過ごしてきたんだろう。
アイツの努力も、アイツの涙も、それはただの真実であって、意外でも何でもない欠片だったんだ。
何か・・・俺には到底判らないような、『何か』の闇を抱えて、ただアイツは真摯に、日々を重ねてきたんだ。

 それに気付いたのは、何時だったか。

 そして気付かれたのは、何時だったか―――。






 「Hey、報道部!猿野いるKaい?」
「あれ、虎鉄さん。天国ならさっき、屋上に行くって」
昼休みになって直ぐに訪れたアイツの教室。
目当ての人物の影が見えなくて、俺はその親友・・・鬼ダチに訊いてみた。
すると返ってきた答えは結構意外なもので、俺はすぐさま屋上に行くことを決意。
 「Thank you!」
「イエイエ、どういたしまして」
軽く礼を言って、今来た廊下を取って返す。
普段なら俺を待ってるか、俺を迎えに来てくれるか・・・独りで昼休みを過ごすことなんて無くなったのに、
今日に限って、何でアイツは独りを選んだのだろうか。
 そのことも気になって、俺の歩調は自然と早くなってゆく。
廊下を何度か曲がり、階段を幾つか上がり、そして屋上へ続く扉に辿りついた。
つまり端的に言えば―――猿野へ続く、扉に。
 そこは生徒立ち入り禁止の区域で、結構しっかりとした南京錠がかけられているのだが、
ヘアピンなどでちょっと手を加えてやれば、実は意外と簡単に開く。
それが出来る生徒は、まぁ数える程度なのだが・・・俺もアイツも、その『出来る生徒』の一人だったりする。
そして今、その南京錠が開いているということは、つまり猿野が中に居る、ということで。
俺は、ゆっくりと鉄製の扉を押し開けた。風が、すぐ側をすり抜けてゆく・・・・・・。

 「・・・・・・虎鉄先輩?」

 「Ah、つれないじゃねぇKa、先に行くなんてSa」

 青空が目に飛び込むと同時に、猿野の声が耳に飛び込んできた。
確認するような口調で訊かれたが、俺は実際それには答えずに別の言葉を返す。
それでも その言葉で確信したんだろう。アイツは小さく「へへ」と笑ったようだった。
 どうやら、柵の側にいるらしい。
逆光で旨くは見えないけれど、何となく判るのは、猿野が柵に凭れているらしいこと。
それから、多分 身体は向こうを向けて・・・顔だけ、こちらを振り向いているだろうこと。
 「あんま乗り出すと危ないZe?」
そう言いながら、俺はアイツの側に近寄って―――その状況の、答えを知る。

 「もう、充分危ないっすよ」

 けらけらと笑うように、アイツは、そう言った。
その足元近くには、灰色の冷たいコンクリートよりもアイツによく似合う―――青空が、広がっていた。

 「先輩、じゃあ」

 そしてまるで何処かコンビにでも行くような、何時かの部活終わりのような軽い調子で。
アイツは恐らく、別れの言葉を告げたのだろう・・・・・・俺、に。
それから真っ直ぐ向こう、空を向いて、青空に顔を上げて、アイツは独り言のように呟いた。

 「何時か話したことがあったっけ」

 「魚が水を求めるように、鳥は空を求める」


 「・・・ごめんなさい」


 ・・・・・・はっきりと、一音一音、全て聞き取ることが出来た。
飛ぶことは・・・つまり死ぬことだ。
それでも臆すことなく前を、空を見据えるアイツを、俺は、ただ見つめていた。
 そして一つだけ、訊こうと思った。


 「鳥は・・・地上を選べないのKaい?」

 「ペンギンもダチョウも、制約が多すぎますよ」


 何て空虚な言葉なんだろう、俺の問いは直ぐにアイツの中に、そして広い空の中に溶けて。
・・・・・・ならば、と俺は覚悟を決める。

 嗚呼、地上が御前に住みにくいならば、此の大空に、共に羽ばたこう。


 ギシッ、と、柵が軋む音を立てた。まぁ、俺の全体重を支えたんだから、それくらい当然か。
思ったよりも柵の向こうはコンクリートの大地が多くて少し驚く。
 「・・・・・・・・・・・・」
その俺の行動を、アイツは さして驚くでもなく、黙って眺めていた。
それでも猿野のその瞳は、少なからず疑問の色を浮かべていて、俺はそれに答えなければならない。

 「鳥が此処から飛び立つと言うのなら、この大地に鳥の休む木は、もう必要ないだRo?」

 「・・・あぁ、成程」



 ―――瞬間、アイツが笑ってくれた気がしたのは、俺の傲慢な幻想ですか?



 ギュッと猿野の右手を捉えて、そして俺は少ないコンクリートの大地を蹴った。
アイツも同じように力強く蹴って、それは、此の世との決別。




 人はそれを、落ちたと言いますか。

 人はそれを、堕ちたと言いますか。


 いいえ僕らは、跳んだんです。

 いいえ僕らは、飛んだんです。






 ・・・・・・それに気付いたのは、何時だったんだろうか。






 深い、深い、空の彼方に。


 嗚呼、鳥になれたことを願おう。











深空    終///
そんな感じで『深空』第二弾。
今回の看取り役は虎鉄先輩で―――って、さり気無く一緒に逝ってしまっていますが。(汗)
取り敢えず虎鉄先輩は、少なからず そういう方だと御見受けしました。
天国の弱さも強さも知っていて、一緒に居てくれる人、そんな感じでしょうか。・・・何か違う。(え)
とにもかくにも、そんな感じで!!(結局どうなんだよ?!)




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元水風さん現
イナバさんから掲示板100回目カキコ記念祝い(笑)に頂いた深空シリーズ第二弾!!

さぁ出た私の大大大大大好きな虎猿ーーーー!!!!
そうだそうなんだこてちはそういうやつだと思いますよ大好き!
一応止めようとして、でもどうしても無理なら一緒に・・・
やっぱり虎猿は萌えの固まりだと思いましたモエ。


イナバさん本当にありがとうございました!!!!


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