―――例え此の身に、翼なくとも。










      深空      ミ ソ ラ










 広く広く広く広く。

 其れは唯々、広い空。


 青く青く青く青く。

 其れは唯々、青い空。


 例え此の身が、鳥に成れない出来損ないだとしても。


 嗚呼。焦がれることは。愚かな証。ですか―――。






 彼は本当に、美しかった。
凛とした芯の有る強さ、悔しくも涙する弱さ。
どれもこれもひっくるめて、猿野天国という人物は、本当に美しいと思う。
俺の持っていないものを、およそ全て持っているのに、それでもまだ、彼は向上しようとする。
まるで向日葵のようだと、俺は心密かに感じていた。

 ―――嗚呼。本当に本当に、彼は、美しかったのだ。






 その日、教室に彼は居なかった。

 少なからず好意を寄せている俺にとって、それを受けてくれた彼は本当に愛しい存在。
片時も離れたくはなかったし、よって昼休みなんて特に、一緒に居たかった。
その願いもありがたいことに叶えられ、
今では毎日のように共に昼食を取り、午後の授業が始まるまでのひと時を楽しんでいた。
 なのに、今日に限って、彼はいなかった。
酷く不安になって、思わず辺りをキョロキョロと見回してしまう。
 ・・・と、彼の『鬼ダチ』だと豪語する、沢松健吾の姿が視界に入った。
その沢松が、近づいてくる。俺の目の前で、止まった。
 「天国なら、多分屋上っすよ」
「・・・・・・?」
沢松健吾はそう言って、ピッと右の人差し指で、屋上を指し示した。
それは一瞬、判らないジェスチャーだったが、よくよく考えれば、彼は屋上を好んでいたことを思い出す。
何時だったかの昼も、屋上で食べようと弁当を持って侵入したことがある。
 「ありがとう」
「イエイエどういたしまして」
俺は短く御礼を言って、さっさと教室を後にする。彼、猿野が居ないとなれば、この教室には用は無い。
足早に廊下を渡り、せかせかと階段を上り、俺は屋上へ続く扉へ辿りつく。
 普段は生徒立ち入り禁止区域のその場所。
それ故に結構ごつい南京錠がかけられているのだが、今日はそれが見事に開いている。
恐らく・・・猿野が入るときに、自分の存在を後から来た生徒に示せるように、開け放しておいたのだろう。
俺はそれで、難なく入ることが出来た。
 ギィ・・・あまり開かれないためか、錆ついて鈍い音がする鉄製の扉を、俺はゆっくりと押し開けた。
その瞬間、薄暗かった場所に光が入ってきて、同時に青空が見えた。
それから、猿野の声が聞こえてきた。

「司馬」

軽く、呼んだようだった。俺の耳は彼の声を捉えて、そして目線は彼へと向く。
青い空に融けて、まるで後光みたいな日の光を背負って、彼は立っていた。
 けれどサングラス越しの俺の眼は、あまりにも如実に彼の姿を、映し出してしまっていて。
彼はそう・・・・・・柵の、向こう側に。


 「さっ・・・・・・!!」


 「―――ごめん、な」


 そして緩やかに唇を上げて、美しい笑みを形どる。
酷く驚く俺の前で、彼はまるでさも当然のように、向こう・・・空の彼方を、見据えた。
何時もと変わらない学ランで、何時もと変わらない靴を履いて、何時もと変わらない・・・雰囲気で。
強い強い、まるで試合の時のような、本気の瞳をして―――空を。


 「魚に水を、鳥には空を」


 「鳥籠の鳥は、飛べることを信じてる」


 静かに静かに呟いて。
校舎から微かに聞こえる声も、上空を通ってゆく飛行機の音も、何もかも此処には必要ない。
彼の声、彼の声、彼の声だけで、良い。

 「・・・・・・逝くの?」

 「・・・・・・・・・」

 こくん、と。彼は躊躇することなく、一つ頷いた。
俺が見えるのは後姿だけだったけど、その仕草はしっかりと判った。

 君の性格は、よく判っているつもりだよ。
一度自分で決めたなら、絶対に遣り通すんだよね。
一度固めた決意を、揺らがせるようなことは、絶対にしないんだよね。
強い強い瞳で、美しい美しい決意を。

 嗚呼、君が鳥にと言うのなら――――――。


 「独りぼっちじゃ、寂しいからね」


 「・・・・・・」


 そして俺は、ゆっくりと境の柵を越える。
俺の体重を支えて、それはギシリと鈍い音を立てた。
彼、猿野天国と、同じコンクリートの端に立って、同じ空の彼方を見つめる。
 彼は何を言うでもなく、俺の行動を見つめていた。
何処か心配そうな瞳に見える。何処か不思議そうな瞳に見える。

 ねぇ大丈夫。あぁ心配しないで。そう俺は、決めたんだ。


 「逝こう」


 そして彼の柔らかで温かい、最後の温もりを手に絡めて。
俺の右手を、彼の左手を、共に絡めて もう片方の手を、此の世から離す。
両の足を冷たいコンクリートから解放する、そう、静かに緩やかに―――俺たちは一歩、空へと踏み出した。


 そして最期の最後に、君は、俺の手を握り返してくれたよね。


 美しい君の、最期の光。

 君を独りにさせたりしないよ。

 俺がずっと、ずっと何時までも、側にいるから。






 そう君が許すなら何処までも。

 何処までも共に、此の空を俺は飛ぼう――――――。











深空    終///
深空、第三弾。今度は葵ちゃんが魅せられていますが。
いやぁ・・・短いですね。何でって、葵ちゃんが喋ってくれない か ら 。 (笑)
んん、とりあえず葵ちゃんは何処までも天国を信じるタイプかと。
とことん信じていて、且つ中々に依存性が高い感情を抱いている。
そして自分を犠牲にしてでも、彼を尊重したい、と。
・・・や、判んないんですけどね。言いたいことも纏まらないです・・・。(汗)




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元水風さん現
イナバさんから掲示板100回目カキコ記念祝い(笑)に頂いた深空シリーズ第三弾!!

司馬キュンはこうして語らずにそっと寄り添ってくれる感じだと思います。
んでもって隠れ天国熱烈ラブ。(笑)
全然言いたいこと纏まってますよキュンキュンです・・・vv


イナバさん本当にありがとうございました!!

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