―――例え此の身に、翼なくとも。










      深空      ミ ソ ラ










 広く広く広く広く。

 其れは唯々、広い空。


 青く青く青く青く。

 其れは唯々、青い空。


 例え此の身が、鳥に成れない出来損ないだとしても。


 嗚呼。焦がれることは。愚かな証。ですか―――。






 表裏の無い人間なんていない。

 綺麗なだけの人間なんていない。

 だから、それを見たとき反吐が出た。
まるで神か何かのように期待し望む。太陽だと光だと、己の勝手な妄想を押し付けて。
 だから、そいつを手に入れたとき安堵した。
俺と奴らと変わらない、否もっと弱いかもしれない。
酷く大きな闇を抱えて、それでも光ろうと足掻いて、とてもとても、不安定な存在。

 少なくとも俺は此処に生て、猿野天国の全てを認めよう。

 此の両手に御前があるうちは、俺は―――御前と共に、何処までも沈んでやるよ。






 「おっせぇなぁ」
もうすぐ、部活終わりのアイツが出てくるはずだった。
別に約束があったわけではないが、俺はよくアイツを迎えに十二支へ来ていた。
初めこそ好奇の眼で見られていたが、結局は変わり映えのしない学ランの高校生、今では全く問題ない。
その日も普段通りに待っている、それだけだったのに。

 「ちくしょ、本気で遅ェ」
「天国なら、上ですよ」
「あ?」
何度目のぼやきだったろう。突然、背後から答えが返ってきた。
眼を細め眉を寄せ、不機嫌な顔で振り返ってみれば―――立っていたのは十二支の報道部、天国の鬼ダチ、沢松健吾。
俺を初対面から怖がらなかった数少ない人間の一人だ。
 「上ってどういうことだ」
「多分 屋上に。中央突破で行けますよ」
はなから行かせるつもりだったのだろうか。沢松は少しだけ笑って、校舎の中央にある土間を指差した。
 「んーじゃ、行くわ。ありがとさん」
「いえいえ。・・・お願いします」
「?」
“お願いします”?
俺は一体、アイツに何をお願いされんだ?
 少し疑問が残るけれど、でも取り敢えず天国に会うのが先決だ。
俺はとにかく、校舎中央、土間に向かって歩き出した。



 土間に入ってからは、屋上へ行くルートはすぐに判った。
大体、何処の学校でも同じような造りをしているもので、階段を上がりきって、
ちょっと隠れた扉か、非常口側に回るなどすれば、歩むべきルートの続きは直ぐに見つかった。
 そして、天国に続くと言われた扉を押し開ける。
 勢いよく、風が入ってきた。瞬間的に、強い風が俺を包み込む。
同時に太陽が降り注いで、此処が外界に続くという事を、強く俺に意識させた。
眩しい世界に、元々細めている眼を更に細めながら、想い人、天国を探す。

 「・・・・・・・・・芭唐?」
「あ、居た」
探している最中に、その人物が自分の名を呼んだ。
探す手間が省けたな、と思いながら、声のした方向を目指し歩いてゆく。
 ちょうど逆光になるようなかたちで、アイツは柵に凭れていた。
・・・・・・・・・此方側からでなく、向こう側、から。
 「・・・・・・・・・ごめんな?」
「べっつに」
首を傾げるように振り向きながら、少し済まなさそうに俺を見る。
媚びるわけでも見据える眼は、いつも通りの『澄んだ』と言われる瞳。
迷いなど、映らない。

 近くまで寄ると、アイツは俺から視線を外し、再び前を・・・空を見つめた。
それから、ゆっくりと もう一度 口を開いた。
 「・・・俺ね、鳥に、なりたかったんだ」
「鳥ねぇ」
「うん」
会話は少ない。俺は別に気の利いた答えを返せる人間でないし、アイツもそんなもの求めない。
だから、普段から回りくどいような言葉を交わしはしない。
それ故に、アイツが語る言葉は気持ちは全て、本心。
 「飛べるかなぁって、ずっと、思っててさ」
「うん」
「だから、やってみようと、思って」
「そっか」
「うん」
それはまるで普通の話。
例えば新しいゲームが出たからやってみよう、とか。
例えば美味しそうだから食べてみよう、とか。
ごくごく普通に思ったわけだ―――飛べそうだから、飛んでみよう、と。

 「よっ」
ギシッと音を立てて、柵が軋む。俺の全体重を支えたんだから、それも当たり前か。
天国が居る側、柵の外は、意外に幅が広くて余裕で立つことが出来た。
「芭唐?」
ひょい、と柵を乗り越えてきた俺を、アイツは不思議そうな瞳で見つめてきた。

 「飛ぶんっしょ?」
「うん」
「じゃあ俺も」
「・・・何で?多分、死ぬよ?」
「判るよ、それくらい。ただ御前が逝くなら俺も逝くだけ」
「・・・良いの?後悔―――」

 「一緒に居るって、言ったっしょ?」

 「――――――うん」


 それは酷く簡単な理由だった。
俺は天国を柄にも無く愛しいと想っていたし、天国も少なからず俺の事を好いていた。
それに、何時だったか最初の頃、「なるべく一緒に居てぇな」と言ったことがある。
その時にアイツは、嬉しそうな顔で、「おう、居ような」と笑っていた。

 だからだ。

 それが、全て。


 「よっしゃ逝くぞーーー」
「うん」


 『トンッ』
軽い音をさせて地面を蹴った。珍しいことに、最期だし折角だから、手を絡めてみた。
ちょっと驚いて、それから照れて、最終的に嬉しそうに微笑んだ。


 空が、青かった。


 生き難い地上なんて捨てれば良い。

 鳥には、空が似合う。


 「気持ち良い・・・・・・」

 「ん」


 聴こえた気がした。
俺のエゴでしかなかったのかもしれないけど、でも、笑顔が見えた気がした。






 俺の出来る全て。






 御前と共に、生きて逝くこと。











深空    終///
そんな感じで『深空』第・・・三弾?あ、いや、四弾です。
今回の看取り役は芭唐さんです。迷いも無く一緒に逝く芭唐さん。(汗)
や、彼なら何も考えずに、唯 天国のみを選ぶかなぁということで。
・・・よく判らないですか。自分でも判りません。(ヲイ)
あーーーそんな感じで!もう説明できませ・・・!!(逃げるんだ?!)


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元水風さん現
イナバさんから掲示板100回目カキコ記念祝い(笑)に頂いた深空シリーズ第四弾!!

芭唐んはきっと余裕で天国選んじゃうと思います。
天国がいてなんぼというか・・・(汗)
思いきりがいいのが彼だと思います。

イナバさん本当にありがとうございました!!


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