―――例え此の身に、翼なくとも。










      深空      ミ ソ ラ










 広く広く広く広く。

 其れは唯々、広い空。


 青く青く青く青く。

 其れは唯々、青い空。


 例え此の身が、鳥に成れない出来損ないだとしても。


 嗚呼。焦がれることは。愚かな証。ですか―――。






 何年、共に時を重ねたのだろう。

 どんな思い出も、およそ共有してきた。

 たった一目見れば、たった一声聞けば、どんなことだって、大体は解る。

 それほどの時を、御前と共に。

 俺の全てを、御前の中に。


 嗚呼、ならば。

 最期まで御前の一番を、願い祈ろう――――――。






 「沢松、ちょっと」

 「あ?どした?」

 昼休みに、アイツが言った。
ざわめく教室、別段変わることない風景。
なのに、気のせいだろうか。天国の周りだけ妙に・・・・・・黒かった。
 「話。来て」
「ん」
軽く単語を交わして、アイツの後について教室を出ていく。
廊下を歩き、普段は使われていない階段の前まで来た。
このまま上がっていけば、この階段は屋上に通じている・・・とは言っても、一応鍵が かかっているけれど。
 「どした?」
「ん」
訊いてみても、曖昧に答えを濁される。
これは長丁場になるかな、と階段に腰を下ろして「待つわ」、短く言う。
けれどアイツは、それに苦笑して
「直ぐ言うよ」
と呟いた。
 座った俺からは、立ったままのアイツの顔がよく見える。
諦めたような言い難そうな表情をして、そこに立っていた。
「前、話したと思うけど」
「?」
「鳥の、話」
「・・・あぁ」
口籠るようにアイツが言った。それに頷いて、何時のことだったかな、と思いを巡らす。
 確か、随分昔だった。小さい頃に俺の家で遊んでいた時。
俺の部屋には広い窓があって、少し危ないけれど、屋根に上れるようになっていた。
その窓に立って、アイツは言ったのだ。

 『ねぇ健吾。鳥みたいに飛びたいんだけど・・・・・・出来ると思う?』

 首を傾げるようにして、俺を振り返って。
吃驚しながら『多分飛べないよ』と言った俺に、
天国は『出来ると思うけどなぁ』と少しだけ笑みを漏らしながら部屋の中に戻った。



 「それでさぁ、やっぱ飛べると思うんだよ」

ぼーっと回想しているうちに、アイツの声で現実に引き戻された。
目の前にいる天国は未だに記憶の中の天国みたいに、きらきら、真っ直ぐな眼で言っていた。
「・・・そか」
「うん」
否定は、出来ない。
あの頃は、出来ること出来ないことの区別が丁度出来始めた頃で、酷く現実的に物事を割り切っていた。
精神だとか感情だとかは考えずに、『大人みたいな考え方』が出来ることが、得意だった。
 でも、今は違う。否定は、出来ない。
天国の言う『鳥』とは一種の憧れで理想で、希望なのだ。
『飛ぶ』ことで、アイツにとって生きることが難しい此の場所から、逃げれるのだと思う。
だったら、否定したくない。
 「で、さぁ」
「ん?」

 「今日、飛ぼうと思うんだ――――――“健吾”」

 「・・・・・・うん」

 何を言えば良いか、判らなかった。
あまりにもアイツの側に居すぎた俺には、「止めろ」なんて止められなかった。
・・・・・・例え、飛ぶという行為が、死に直結していようとも。

 「俺には、どうしてほしい?」

 「健吾・・・」

 アイツが俺を名前で呼ぶ時は、本気の時。だったら俺も、全力で応える。
そう思って、俺は聞いた。俺の考えや希望を押し付けるんじゃなくて、天国の思いを、尊重したくて。
 するとアイツは、少し考える素振りを見せてから、おもむろに訊き返してきた。
「・・・・・・そっちは、どうしたいの?」
「俺は御前と死にたい」
迷うことは、しなかった。
だって今までずっと、ずっとずっと天国の隣を歩いていた。
アイツが居るのが当たり前で、アイツが笑うのが当たり前。俺の根底はアイツだった。
天国が全て。だから。

 だけど天国は、泣きそうな顔をして、呟いた。


 「・・・・・・生きて・・・・・・」


 震える声、今にも消えそうな震える声だった。
うっかりすると聴き逃しそうな、天国の、恐らく最期の希望。
 「本当に一緒に逝かなくても良いんか、御前?」
「・・・・・・うん。健吾は、笑って俺を飛ばせて。俺の為に、此の世を歩いて欲しい」
下から見える表情は酷く真剣で、そこにアイツの本気を見る。

 俺には、御前が全て。






 此の学校で最も空に近い場所は、澄み切った青と、まだ少し寒い空気に晒されていた。
極端に生死を隔てる柵を越えて、俺は天国と向かい合う。
 「飛べるか?」
「うん、大丈夫」
流石 屋上だけあって、風が強い。まだ手すりをギュッと握りながら、天国が笑った。

 止める、べきなのかもしれない。世間はそれを、望むのだろう。

 「・・・そろそろ」
 「あぁ」

 止められる、はずがない。鳥は、空を飛ぶために生きるのだから。

 ギシッと手すりを軋ませて、天国が方向転換した。黒の学ランと茶色の髪が、空に溶けようとする。
御前の背には、翼は見えないけれど、でもきっと、御前は鳥だと信じているから。

 「―――じゃあ、逝ってきます」

 「あぁ。・・・逝ってらっしゃい、天国――――――好きだから」

 “愛してる”なんて歯の浮くような台詞 言えないけど。
それを察したのか、可笑しそうに天国は笑って、「俺もだよ」と囁いた。
それから優しく、一瞬だけ唇を重ねて。

 別れの挨拶、最期の、温もり。






 「      」






 もう飛び立って聞こえなかったけれど、嗚呼きっと天国は、愛していると、笑っていました。



 もう飛び立って見えなかったけれど、嗚呼きっと天国は、鳥になれたと、微笑みました。



 ―――なら、俺は。

 俺は笑っていましたか?

 御前の望んだ、笑顔でしたか?



 俺の全て、御前が全て。

 御前の生きた証を背負って、俺は此の世を歩き続けよう。

 最期まで、御前の“一番”を、願い祈ろう。






 『ドサッ!!』

 「ッや、・・・・・・キャーーーッッ!!」
「ぅわああああああ!!ひッ、ひとが!!」






 ――――――嗚呼、もう直ぐ昼休みが終わる。











深空    終///
深空、第五弾。今までとは一味違った形でお送り致しました。(何)
此の鬼ダチコンビは、こうだと思います。実はきっと、天国は心中を望んではいないかなぁと。
・・・いえ、散々心中させといてなんですが。(汗)
でも、何か“証”を残して死にたくないですか?遺書とかでも良いんですけど。こう、意思表明、みたいな。
不幸だったとか何だとか勝手に解釈されるのは嫌、自分を焼き付けて死ぬ、という感じで。
で、その『理解者』としてハンサム様かなぁ、と。・・・毎回纏まってなくて済みませ・・・!!(汗)





+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


元水風さん現
イナバさんから掲示板100回目カキコ記念祝い(笑)に頂いた深空シリーズ第五弾!!

ハンサム様はきっと天国の生きた証を胸に抱いたまま生きていくんだと思います。
例えば結婚しても心の一番は天国・・・みたいな。
心の深い深いところで繋がっているのがこの二人だと思います。


イナバさん本当にありがとうございました!!


BACK