―――例え此の身に、翼なくとも。
深空 ミ ソ ラ
広く広く広く広く。
其れは唯々、広い空。
青く青く青く青く。
其れは唯々、青い空。
例え此の身が、鳥に成れない出来損ないだとしても。
嗚呼。焦がれることは。愚かな証。ですか―――。
彼は、キラキラしていた。
悩みも何もかも、人並みに若しくは人以上に在っただろうに、何時だって笑っていた。
其の強さが好きで、其の弱さが好きで、そして、俺自身すら重ねていた。
・・・・・・綺麗だったんだ――――――其れこそ、『テンゴク』みたいに。
「・・・! 凪ちゃんの御兄さん・・・剣菱さん・・・ですよね?」
「あ、君はあれだね、十二支報道部の。ってか、テンゴクくんの隣に居る子だね〜?」
夕陽に沈む十二支高校、俺は、ふらり立ち寄っていた。
いや、立ち寄っていたというのは、少し可笑しい。はっきりと、来たくて来たのだから。
「沢松です。どうかしたんですか?凪ちゃんならとっくに帰りましたけど・・・」
「ん〜、そうだろうね〜。てか、びみょ〜に凪の心配しに来たんじゃないんだよね〜」
ふふ、と含みの在る笑みを返す。一定以下の人間には、こうやって笑えば、良い。
けれど聡い彼は、少しだけ眉を寄せた後、直ぐに思い当たったようだった。
「・・・じゃあ・・・?・・・あ、天国、ですか?」
聡い人間は、嫌いじゃない。
「そうそう。居る〜?」
友好的なような、そうでないような曖昧な笑み。
其れに苦笑したのか、俺の台詞に苦笑したのか、とにかく彼は苦笑して首を縦に振った。
「ええ、居ますよ。居ますけど・・・多分、校舎内です」
「今頃?びみょ〜な時間じゃない?」
「・・・・・・ええ。・・・屋上に、居ると思います」
「屋上?そりゃまた、びみょ〜な所に」
「・・・・・・・・・ええ。・・・行きます?開いてますよ」
果たして本当に、そうだろうか。顔には出さず思う、真実は、『開いてますよ』か『開けてますよ』かと。
「ん〜・・・判った。じゃあ言ってみるよ〜。ありがとね〜〜〜」
「・・・イエイエ、どういたしまして。・・・・・・御願いします」
そうして、ペコリひとつ頭を下げて、彼はまた真っ直ぐと歩いてゆく。
「・・・・・・・・・うん」
何となく、意味が判った気がして、俺は其の背中に小さく頷いた。
「テンゴクく〜ん。居る〜〜〜?」
十二支の校内で、取り敢えず階段を上ってみたら屋上に出れた。
形だけの鍵の掛かったドアを押して引いて押したら、簡単に開いた。
そして、然程大きくもない声で、テンゴクくんの名を呼んだ。
直ぐに、目の前に居ると判ったから。
「・・・・・・剣菱さん?」
「どうも〜」
振り返った彼に、場にそぐわないような、軽い返事を返す。
夕陽が眩しかった。彼の茶色の髪はキラキラと反射して綺麗な金色になっていた。
顔、表情はよく見えない。けれど、彼の影になっている場所は、よく見える。鈍色の柵が、此方側。
あぁやっぱり、なんて。開けてますよが真実だ、なんて。
「何で居るんですか?」
「ん〜?何となくね〜、来てみた」
「何となく・・・ですか」
「そ」
少し戸惑いを見せる彼に、笑いながら近づく。取り敢えず俺は彼の隣、柵の此方側で立ち止まる。
「・・・・・・御免なさい」
「ってか何が?」
「・・・・・・いっぱい、色々」
「別に何もされてないけどね〜」
けらけらと、笑う。此の夕陽に此の状況に合わないような、笑みを。
彼は少し苦笑いして、「剣菱さんらしいです」と呟いた。
「・・・・・・鳥に、なりたくて」
「へぇ」
「小さい頃から」
「うん」
「飛べるような気がして」
「うん」
ポツリポツリと囁かれるような彼の言葉に、細かく相槌を打つ。
何時だって、危うい強さの在った彼、彼らしいと、俺も負けじと笑う。
笑い合い。何でもない日常の延長のように―――だけど、確かに、非日常。
「・・・・・・いきます、そろそろ」
「あ」
「え?」
「謝られる事、一個だけ」
「?」
「凪、泣かせちゃうじゃん」
「・・・・・・御免なさい」
「びみょ〜に嫌だな〜」
「うぅ・・・御免なさい・・・」
しゅんとして、小さくなって繰り返される言葉。俺は可笑しくなって、くすくすと笑った。
それから、柵に手をかけた。
「剣菱さん?!」
「ん〜、何〜?」
言いながら、腰の高さくらいの其れを、跨ぐように乗り越える。
「何をっ・・・?!」
「え〜・・・」
とん、と思ったより広かった向こう側に着地して、それからテンゴクくんを見て、
「俺も連れてってよ」
言う。
「な、何言って・・・」
驚いた顔の彼に、「今更どうしたの」と笑う。
ねぇだって。
君は飛ぶつもりでしょう。鳥になるのでしょう。
そうしたら凪は泣くでしょう。君が居なくて、泣くでしょう。
そして何時しか後追うように、俺の命も凪より早く、きっと早くに終わるでしょう。なら―――なら、兄の俺が出来る事は?
「ってかさ、凪を悲しませるのは、一回で良いんだよ」
君も僕も空を舞えれば一度にゆければ、凪の涙は、一度で済むでしょう?
「っは・・・はは・・・。剣菱さん、すげー理屈」
「びみょ〜に失礼な事言うね〜」
そうして瞳を合わせて笑い合って、ゆっくりと体温を絡めた。
彼の左手から俺の右手から、血の温かみが交じり合う。混じりあう気がする。
「俺ら、天国行けますかね」
「ってか何言ってんの、君、テンゴクくんでしょ〜」
「・・・ずっと言おうと思ってたんですけど、俺、あまくにですからね?」
「知ってるよ〜、テンゴクくん」
「・・・・・・まぁ、良いですけど」
「はは。判ってるって、テンゴクくん」
「あぁほら〜!」
「さ、逝くよ」
「はいはい」
そうして軽く、コンクリートを蹴る瞬間。
「好きだよ、天国」
折角だから最後だから。
「え、けんっ・・・!!」
最期だから。
彼がやっぱり、綺麗に笑った気がした。
―――ねぇ凪、安心してよ。
俺達ちゃんと、笑えてるから。
深空 終///
久々深空は剣兄で。何となく、今までと雰囲気が変わった感じですが・・・。
取り敢えず、此の二人は「凪」ありきかなぁと思いまして。
折れそうな二人だからこそ、ちゃんと笑えたよ、みたいな・・・。わぁ微妙。(ヲイ)
取り敢えず、ちょっと趣向を変えた深空、て感じでー。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
元水風さん現イナバさんから掲示板100回目カキコ記念祝い(笑)に頂いた深空シリーズ第六弾!!
剣兄と猿野が揃えばやっぱり出てくるのは凪さん!
最期まで談笑してるあたりさすが剣兄だなぁと思います。
泣くのが一回で済むというのは剣兄らしいのんびりとした理屈だなぁと思いました。
イナバさん本当にありがとうございました!!!
BACK