―――例え此の身に、翼なくとも。










      深空      ミ ソ ラ










 広く広く広く広く。

 其れは唯々、広い空。


 青く青く青く青く。

 其れは唯々、青い空。


 例え此の身が、鳥に成れない出来損ないだとしても。


 嗚呼。焦がれることは。愚かな証。ですか―――。






 俺の球を打ち返すアイツは、本気の眼をしてキラキラしていた。

 けれど ひとたび其処を離れれば、途端に不安げな瞳が見え隠れしていた。

 嗚呼だから手に入ったアイツを抱き締めて、俺の前では笑わなくて良い、そう言った。

 あんなに折れそうな笑顔、出逢ったのは初めてだったから・・・。






 偶々、華武の方が早く練習を終えた。
だから時間が在って、いつもは待たせる事も多かったけれど、今日は自分がアイツ・・・猿野を待っていた。
そうしたら、猿野よりも先に沢松という、猿野曰く『鬼ダチ』に出会った。
 「あぁ・・・屑桐、さん?」
「・・・御前は・・・報道部の・・・」
「ども、沢松です。天国待ってるんですか?」
「・・・そうだが」
窺うような瞳だと思った。飽くまで慎重に、と言った感じの。
不躾な其れに少し気分を害しながらも、俺は頷く。同時に「じゃあ」と其の男。
「天国なら・・・屋上に、居るので」
「屋上?十二支高のか?」
「はい」
不審そうに聞き返した俺に、苦笑いしながら奴は肯定した。
いまいち信じ切れないが、ならばと俺は、軽く礼を言って校舎内へ入ろうとする。
其の背中に。
「御願いします」
沢松の声が飛んだ。最後まで不可解な、其の言葉だった。



 「・・・何を考えているんだ、アイツ」
よく共に帰るようになっていた。だから今日だって、一緒に帰れるだろうと わざわざ寄ったのに。
今日は確かに酷く良い天気で、夕焼けも綺麗だろうとは思うが、それにしても屋上とは。
そんな事を考えながら、屋上へ続くであろう階段を上っていたら、とうとう突き当たった。
目の前に南京錠の外された鉄の扉。生徒立ち入り禁止、の文字が消えかかってはいるが、大きく書かれている。
力を加えれば直ぐに開いた。空が、広がる。
 「ガキ、居るのか」
大きいわけではない、けれど小さいわけでもない声で呼ぶ。
太陽が目の前で一瞬判らなかったけれど、
「屑桐さん?」
正面から声がして、ゆらりと人影が動いた。
 「御前、一体何をしてるんだ」
「空を探してるの」
「は?」
意味の図りかねる言葉を呟いて、猿野はまた前を向いた。
仕方なく俺は、猿野の傍に柵の側に近寄って・・・初めて知った。
「御前ッ?!」
「何、痛いよ」
柵の向こう側に居た猿野は、左肩を強く引いた俺に、少し迷惑そうな眼差しを向けて静かに言った。
何処でもない、何でもないような仕草が、妙に引っかかる。
 「何してるんだ。危ないだろう」
「だから、空を探してるんだってば。俺の、飛べる空を」
「飛べる空?」
取り敢えず肩は放したものの、何時消えてしまうか知れない、そう言ったら「仕方ないなぁ」と言って手を差し出した。
其の差し出された左手を握ったまま、俺は言葉尻を捉えて訊き返す。
「そう、空」
軽い再びの肯定だけが返ってきた。
 付き合うようになってから、偶に、猿野は不可解な言葉を呟いていた。
少し理解しがたい、けれどよく聴くと酷く単純な論理と思考の成れの果てのような其れは、とうとう、形になったらしい。
自由になりたい。鳥のように。飛べれば良いのに。此の大空を。
そう言っては綺麗に折れそうに笑う、ロマンチストなリアリストだった。
・・・嗚呼そういえば、何時だって。
 「屑桐さん、御免、なさい・・・」
「何が」
「何か、色々」
「信じろ謝るな」
「・・・・・・」
「御前が、選んだのだろう」
「・・・うん」
謝る猿野を少し強い言葉で制する。死なせたいわけじゃない、当然だ、けれど。
猿野の、重い想い、なのだ。

 「・・・ありがとう。じゃあ、いくから、俺」
「・・・・・・生きれんか」
小さく、けれど強く呟く猿野の言葉を聴いて、最後の希望を口にしてみる。
「・・・・・・探してるんだ。今なら見つかる気がするから」
「・・・・・・鳥には狭い地上、か・・・」
答えなんて判っているけれど、
「・・・・・・うん」
判っていたけれど。

 「放して、くれる?」
「あ・・・」
指一本ずつ、温もりを、忘れさせられてゆく。

 「・・・・・・じゃあ」

 「・・・・・・ああ」

 そして、鳥は、飛び立った。






 「飛べる空、か・・・・・・」
反芻するように、俺はもう壱度、独り呟く。
アイツの死を、アイツの翼を、そして消えゆく此の手の温みを、俺は、反芻するように。

 探した空は、見つかったのか。
俺は答えは知らない、だから唯、其れを祈る事しか出来ない。

 「空、か・・・」

 空っぽ虚ろになる俺を見つめたまま、アイツの探した空は、彼方何処かへ消えた。
そう俺を見つめたまま、けれど俺を残して。



 ・・・・・・何時までも何処までも飛べ、鳥よ。

 ―――逝く前、愛していると、言えば良かったかもな。











深空    終///
そんな感じで、深空 第七弾。にして、一応の深空シリーズラスト、です。
屑桐さんは、止めないけど いかないだろうなぁと。彼自身も色々縛られてそうですしね。
今回のみ天国は、逝く前に好き云々は言われてません。
屑桐さんの方が・・・何となく苦手そうだし、言わなくても判るだろ的な事を思っているかなと。
という事で。長い長い深空シリーズ、読んで下さってありがとうございました!




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元水風さん現
イナバさんから掲示板100回目カキコ記念祝い(笑)に頂いた深空シリーズ第七弾!!
ついにフィナーレですね!!感動です七個ももらっちゃったよ私ぃ!!(おろおろ)

屑桐さんは一緒に死にはしないと思います。愛の言葉も囁かずって感じ。
でも最後まで未練たらしく腕を握ってる当たりが屑さんっぽい!(笑)
いやぁイナバさんとはホント気が合うなぁ嬉しっ!(イナバさんに失礼でしょ!)

イナバさんこんな素敵んぐ小説軍を本当に本当にほんとーーーにっありがとうございました!!!!ラブ!!


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