季節が巡り



そうして花は咲き乱れる




†† タツナミソウ9 ††






『二人の子供のうち、背の低い方が新しいボス候補で、背の高い方はイタリア語が話せる』
と聞いていた男達は、新しいボスの右腕候補に気さくにイタリア語で話しかけていた。

新しいボス見習いを、現ボスとその側近に取られてしまった平の男達は、
『どうせ自分がいてもおめでとうしか日本語知らないしな・・・』と獄寺の方へ群がる。

人がこっちに流れて来る度、バシバシ叩かれたり頭をぐわしぐわしと撫でられたりするのに、
おめでとうおめでとうの祝いの言葉と共にしてくるものだから変にやめろとも言い辛く、
獄寺は自分よりもかなり年上の男達にもみくちゃにされていた。
初めは背中の傷に堪えはしないかと不安になったが、眼鏡の男がどうやら痛み止めを塗ってくれていたようで、
容赦なく背中を叩かれても痛みはしなかった。

・・・けどこれはちょっとさすがに・・・。

――たっ助けて10代目!

一向に止まらない痛い祝福に、堪らず周りを取り囲む男達の隙間から主人を見ると、なんだか向こうは楽しげに3人で談笑しているところだった。

――・・・ず、ずりぃ!

まさに天国と地獄である。

おめでとーおめでとーあっはっはなんでも良いから叩いとけ。
そんな周りの心の声が聞こえてくるような状況に、もう今まさに堪忍袋の緒が切れる。そんな時。
「やれやれ、だな。」
その場にそぐわない幼すぎる声が響いた。

「リボーンさん!」
声が掛かった瞬間、ぴたりと止まった手に天の助けと獄寺が声をあげる。
その声にツナもそちらを振り返った。

Chi e questo bambino?
Non vi siete sentiti?Che e favorito della voce della sporgenza・・・
L'OH, esempio・・・!?


周りの男達がひそひそと話すのを聞いて、はたと気付いた獄寺は、スタスタとこちらに歩み寄るリボーンにずっと浮かんでいた疑問を投げ掛ける。
「今までどこに・・・?」
訝しむ獄寺に、リボーンはさも当然のように言い放つ。

「管理室でのんびりしてたぞ。」

「――んなっ!?」
想像の範疇を超えた言葉に驚愕の声を上げる獄寺と、えっリボーン今来たんじゃないんだ。と今更なツナ。

「静かになってからエレベーターで上に上がって、ツナの啖呵らへんからそこで――」
聞いてた。
そう続くはずのリボーンのセリフを獄寺が遮る。
「ちょっちょっと待って下さい!リボーンさん確か、俺は裏口から回るとか言ってなかったですか!?」
ビルに入る前のリボーンの言葉の一つを思い出してみる。
確かに自分はあの時そう言われたはずだ。

「あぁ言ったな。」
――やっぱり。
「・・・じゃあのんびりって・・・。」
訳の分からないリボーンの言葉に獄寺は勿論、日本語が分からないはずの周りの全員が首を捻る。
獄寺似の男が、何を話しているのか知りたいと言うみんなに頼まれて同時通訳をしていたのだ。

だから視線という視線をリボーンは受けることになるのだが、それでもけろりと質問に答える。
「俺が動いたら意味ないだろ。」
――はぁ?
思わず一同はそう言いそうになり、眉を寄せた獄寺が代わりに問い掛ける。
「・・・10代目が攫われた時めちゃくちゃ怒ってましたよね・・・?」
あんなに怒っててどうしてのんびりなんてできるんだ。という問いに、

「俺はこういうことをされるのが嫌いなんだ。するのは構わないけどな。」

笑っているとも見える表情とセリフでリボーンが返す。
それで獄寺はなんとなく答えが見えてしまって、当たってたら嫌だなと思いながらも確認するために問いを重ねる。
「絶対に敵を殺すなって言ったのは・・・?」
ビルに入る前の一言をもう一つ思い出しながら言う。
この言葉のせいで自分が苦戦したと言っても過言ではない。

「間違っても殺っちまったらテストどころじゃないからな。」

ああやっぱり当たってた・・・。と獄寺は頭を抱えて、そこで老人が楽しそうに口を開く。

「それは私の仕業だとばれていたということか?」
久々に見ても、やはり変に少年のような所は少しも変わっていない老人に、はぁ。と短く溜め息をつくと、
一応社交辞令にと、リボーンは帽子を取って頭を下げる。
そしてすぐに顔を上げて帽子を被り直して口を開いた。
「・・・端からな。誘拐に邪魔な奴を偽の人物からの電話装って呼び出してる間にかっ攫うっつー手口も以前見たものだったし、それより電話の声。」
つい、とリボーンに視線を向けられて、通訳をしていた男が、自分を指差して首を傾げる。
「俺ですか?」
その仕草と一言で全員の視線が男に注がれる。
確かにリボーンの取引先の振りをして電話したのは自分だが・・・。
そう考える男にリボーンは言った。

「そう。お前の声、聞いたことあったからな。」

ざっと近年の記憶を辿ってみるが、そんな記憶はどこにもない。
「・・・話したことありましたっけ?」
記憶力には自信のあった男が頬を掻きながら言う。
男の言葉にリボーンは訝しげに眉を顰めた。

「俺がまだベッドで寝るだけの幼い時、お前挨拶に来ただろ。覚えてないのか?」

どうしてそんな事も覚えてないんだとでも言うような非難の目に、
「・・・・・・。」
唖然の字をそのまま書き込んだような顔をして、男はただ立ち尽くす。

ツナと獄寺も同じように呆然と口を閉じれないでいたのだが、周りの男達が通訳を待っておろおろしているのを見兼ねて、
獄寺がざっと大雑把に説明してやる。
やはり同様に男達も呆然と口を閉じれないようだった。

そんな中、たった一人が豪快に笑い声をあげる。
「はっはっはっ。相変わらずだなリボーン。」

「そっちも随分元気そうで。安心した。」
珍しく柔らかく笑って返すリボーンに、
「私だってまだまだ。」
と笑うと、ツナと獄寺とリボーンと男達を順に見て、

「向こうを留守にして、老いた体を引きずってまで日本に来て良かった。――・・・ボンゴレの未来は明るいな。」

本当に嬉しそうに微笑んだ。





* * * * *





翌日の朝、学校の屋上で、二人で手摺に手を掛けて、ぼんやりと遠くを眺める。


『本当なら祝宴の一回や二回したいんだが、今でも向こうにかなり無理を言って来ているからなぁ・・・』
そう言って、9代目達は夜のうちにさっさとイタリアに引き上げてしまった。
見送りをしようとして、もう遅いからと断られる。外を見ればもう空が赤く染まりかけていた。
帰りはリボーンの知り合いの男に車で家に送ってもらった。
車内で来るのも突然なら帰るのも突然だと思った。


ツナが遠くの山を眺めながら呟く。
「嵐のような人達だったねー・・・。」
その呟きに獄寺は笑った。
「はい・・・本当に。」

「俺もあんなのにならなきゃ駄目なんだよなー・・・。」
「あんなの?」
前を見ながら言うツナを見て獄寺は首を傾げる。

うん。と視線はそのままでツナが頷く。
「威厳があって、人望が厚くて、強くて、頭が良くて、変に子供っぽくて、部下に窘められても懲りなくて――」
「・・・最後の二つはいるんですか?」
前半でうんうんと頷いていた獄寺は、特別ボスに必要なさそうな後半を聞いて、ずるっと滑った。

ツナがそれに気付かず力強く頷く。
「うんいるよっ、あんなボス、いいなぁって思ったもん。」
自分を見て笑うツナに獄寺も笑い返す。
「・・・そうですね。外見と本性とのギャップに驚きましたけど、素晴らしいボスだと思います。」
「でしょ?・・・・・・いいなぁ・・・。」
青空を憧れの目でツナが見つめる。
それを見て獄寺がふっと笑った。
「・・・10代目、昨日まであれだけボスになりたくないって言ってたのに・・・。」

獄寺の呟きに、ああ、とツナはそちらを見やる。
「獄寺くんやリボーンが命張ってくれてるのに、肝心の俺がいつまでもそんなこと言ってられないよ。
見ててよ、今に獄寺くんの出番なんてなくなんだからっ。」
嬉しそうに笑う無邪気な顔を見つめて、しかし獄寺は心に黒い靄がかかった気がした。

この人が今、何も知らずに踏み出そうとしている世界は、実はどす黒くて残酷だ。
俺の出番がなくなるということは、俺が殺すべき敵まで貴方が殺すという事。
貴方はそれに気付いているのでしょうか?

そうはさせない。
そうなってはいけないんだ。

――強く、なろう。

貴方の前に敵が立てないように、俺の分まで倒すと言えないように。

強く、強く、貴方のために。


誰にも悟られないように、そう一人で誓う。


その目の前でツナが気持ち良さそうに、んーっと伸びをした。

「ふぅ。――あー・・・やっぱそれには俺も体術とか銃の使い方とか覚えなきゃなんないんだよねー・・・。」
ツナの言葉に獄寺は、ふっと意識を現実に戻す。
「・・・獄寺殿、これからは色々ご指導の程、よろしくお願い致します。」
無駄に丁寧な言葉と共にぺこりと下げられた頭を見つめて、獄寺はにっこり微笑む。


願わくば、
いつか分かる日が来るとしても、今はまだ・・・
貴方が何も知らずに笑っていられる事を・・・


「はい。俺の全ては10代目のものですから。なんでも聞いて下さい。」

「・・・なんか、そういうことさらっと言えちゃうのが獄寺くんの凄いところだよね。」
顔を上げたツナが苦笑する。

そのままふっとまた空に意識をやりかけて、ツナは突然、あっ。と獄寺の方を向き直す。
「じゃあ、さっそくだけど獄寺くんに一個聞きたかったことがあったんだ。」
「なんですか?」
獄寺が首を傾げる。

「あのビルで、窓から飛び降りる前に獄寺くんが言ってたのって――」

――・・・飛び降りる・・・・・・前・・・?


『すいません。―――――最期だとお許しを・・・・・・愛して・・・ました。』


――あれかぁぁああーー!!


「――あっああああれは、そのっ、死ぬ時が来たら絶対言おうと思ってた言葉でしてっ!
もう死ぬんなら言っても良いかなーとか・・・すいません!でも軽い気持ちとかじゃないんです!申し訳ありませんっっ!!」
獄寺はツナの言葉を遮って音を立てる勢いで頭を下げた。
ツナがその獄寺の突然の行動にぎょっとする。
「あ、頭上げて獄寺くんっ。」

「でも・・・。」
そろそろと頭を上げた獄寺にツナが眉根を下げる。

「その事なんだけど・・・。俺、あの時獄寺くんが色々言うから頭こんがらがってて、獄寺くんの口が動くのが・・・そのなんて言うか・・・
スロー再生みたいに見えるくらいどうかしてて、音も聞こえなくて、いや聞こえてるんだけど理解できなくて・・・。
何か言ってるなーとは思ってたんだけど、ごめん、ホントは何言ってるか分からなかったんだ。本当にごめん。」


――聞こえて、なかった?
ツナの言葉に獄寺が固まる。


ツナは獄寺を覗き込んで、



「・・・獄寺くんそんな大事なこと言ってくれてたの?」


ぐさっ。
とどめを刺した。


獄寺ががっくりと肩を落とす。

「・・・・・・・・・いえ、その・・・大事というか・・・・・・とてもじゃないけどもう言えません・・・。」

まさに決死の告白をまさか聞かれてなかったなんて、なんだか一気に疲れが来た気がする。
痛み止めが切れた背中も今が一番痛く感じる。
いや、心が寒いの方が正しいか・・・。

「えー?気になるよー。」
獄寺の心ツナ知らず。
不満そのものの顔で、ぶぅと頬を膨らませる。

ああもう可愛いなこんちくしょう。
「すいません・・・言えません。」
こんな時すらそう思ってしまう自分が馬鹿で笑える。
でもそんな自分、結構嫌いじゃなかったりする。

「絶対?」
「はい・・・。」
「さっきなんでも聞いて下さいって言ってたのはもう無効なんだ・・・。」

悲しそうに眉を寄せたツナが痛い所を突いた。
獄寺がうっと呻く。
「・・・そ、それには答えられる範囲があって・・・――とっとにかく無理です!」
「なんで死ぬ前に聞かれて困ることを言うんだよ。」
「そ・・・それは・・・・・・。」


冷や汗伝う獄寺と、獄寺に詰め寄るツナ。


照りつける日差しの元、

遠くで飛行機が大空に飛び立った。















終わり。







――――――――――

後書き。


最初書き始めた時は全然こんなラスト考えてなかったので、なんだかおかしいところもありますが、一応タツナミソウはこれで完結です。

第一話なんか一番最初の獄ツナということで、言葉遣いとか行動とかなんか色々おかしいですが、
最後でもあんま変わってないですかね・・・(汗)一応本人は成長したつもりです。ちょっとだけ。(苦笑)
・・・そんな成長を読んでる内に感じ取っていただけると幸いです。

7月14日に始まって8月31日の今日まで。みなさま楽しんでいただけたでしょうか?
みなさんの応援に支えられて完結できた作品です。本当にありがとうございました。

捏造やらオリキャラっぽいのやら色々出してしまって申し訳ないです。
でも本人は非常に楽しく書けました。うふふv
イタリア語は適当だし、マフィアのことなんてちっとも分かってないし、ボスってこんなんでいいの?とか思いますが、
心の広いみなさまのこと。きっと笑って流してくださると信じてます。(わー)


では、ここまで読んで下さってありがとうございました。


2004年8月31日。明日からの新学期にうんざりしながら・・・

茜梨花音でした。

太字にカーソル合わせると意味出ます。





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