暗い部屋。


澱んだ空気。


冷たい布団。


不味い飯。




病んだ自分。




それが、あの時の俺の全てだった。










‡‡ ミヤコワスレ ‡‡











がやがやがや・・・


ざっ

「よぉツナお疲れ!今日もなんか余りもん詰め込んだやつな!」

時代は、現代とはかけ離れた遥か昔。
鬼や物の怪の類いがいるのが常識だと思われていた、そんな時代。

外を歩く人も疎らで、遊郭以外の多数の店も閉店に差し掛かった夜の頃、この店には決まってこの声が響いた。

「山本いらっしゃい!ちょっと待っててー!」

後片付けをあらかた済ませて、裏の水場で残り少ない食器を洗っていたツナは、いつも通りのその声に大声で返事をする。
「へーい。」
その返事をまたいつものように聞いて、山本は鼻歌を歌いながら誰に言われるでもなく勝手に奥の席に座った。

「いらっしゃい山本くん。」
そこに、店内の後片付けをしていた店主の娘兼、店の看板娘が笑いかけた。

「よぉ京子ちゃんお疲れ。・・・相変わらず繁盛してたみたいだな。」
いつも通り陽気な笑顔を見せた山本に、京子は微笑む。
「やっぱり分かるんだね。そういうの。でも今日は本当によくお客さんが入ったんだよ。」
「ここのはマジ美味いからなぁ。・・・可愛い子もいるこったし。」
軽口を叩く山本に、京子も言われ慣れているのか普段通りに、
「ふふ、褒めても何も出ないよ。」
と、笑った。

「よぉ武!らっしゃい!綱吉ももうすぐ片付け済まして二人分作り終えるからよぉ。もうちょっと待っててくんな!」
店の奥から店主が出て来て、よく通る声で声を掛けた。
「ちわっ!おやじさん!今日も大変だったみたいだな。お疲れっ」
板前のように豪快なこの男を、山本はまるで父親のように慕っていた。
「なぁに。客あってこその俺らだからなぁ。ありがてぇこった!」
「ははっ!このおやじさんじゃ店も流行るわけだ。」
「腕も確かだしな!」
「はっ!ちげーねぇ!」
親子同士のような活きの良い会話を京子がニコニコと笑いながら聞いている。
本当の親子は実はこの二人なんじゃないだろうかと、実の娘に思わせるような仲の良さだ。

じゃりっ
「お待たせ〜今日は曇りだからちょっと湿気て出せなかった天ぷらが余ってたよ。」
土の床を踏んで、湯気をもうもうと上げるどんぶりを二つ盆に乗せたツナが奥から出てきた。
山本がツナの言葉を聞いて口笛を吹く。
「マジっ?ラッキーv今日は天ぷらうどんか。」

「・・・こういう商売はお天道様に左右されるから敵わねぇなぁ。ま、ウチにはぜってぇ外さねぇ予報士がついてんだがなっ」
そう言ってワハハと豪快に笑った店主に、ツナからどんぶりを受け取りながら山本が照れて少し頬を染める。
「天気予報なんか当たったってそう大した意味ないだろ?現に天ぷら余っちまってるし・・・」
「なぁに言ってんだ!足りないよりゃよっぽど良いから元々多い目に仕入れてあんだよ!
 それでも今日は出たほうだ。余りゃお前等が食ってくれるしな。」
「・・・あ、そか。・・・んじゃ、お言葉に甘えて、今日もご馳走になりますっ!」
「あ、俺もいただきまーす!」
パンと手を合わせた山本に、ツナも続く。

「ハハッ安い予報代と仕事代だ!遠慮せずに食いな!」
ずぞぞぞっと仲良く食べ始めた二人を見て店主はまた声を上げて笑う。

そのまま遠慮なくいつものように食べて、もぐもぐと噛んでいる二人のどんぶりの横に、
絶妙のタイミングでコトッコトッと湯呑みが置かれた。
「武くんツナくん、お茶どうぞ。」
早くもなく遅くもなく、ここぞというタイミング。さすが看板娘の中の看板娘。・・・とは店主談だが。
一応客から出す辺りもしっかりしている。
「あ、どもー」
「わっ!ありがとう!」
いつもの事に山本は軽く返事をして、ツナは大げさに頬を染めた。

「ぃよし!茶も出たこったし、後はお前等に任せるからゆっくり食って帰んな。俺は明日の仕込みでもしてくらぁ。綱吉お疲れ!また明日もよろしく頼む!」
「あ、私もそろそろ父さんの夕食の支度しなくちゃ。灯り火の方はいつも通りお願いしちゃうね。じゃあツナくんお疲れ様。武くんも。また明日ね。」
「あ、お疲れ様でした!と、お疲れ!また明日〜」
店の奥に消えていく二人に、店内の二人も手を振る。
これも毎日の恒例だった。
店主は店主で忙しく、京子も京子で忙しいのだ。のんびり二人の食べ終えるのを待たせる訳にはいかない。
だから残された二人は、自分の食器は自分で片付けをして最後には灯りを消して去るようにしていた。

振っていた手をゆっくり下ろすツナの横顔は未だ少し火照っている。
単に異性に免疫がないのか、京子を意識しているのか・・・

山本は後者が正解なことを知っていた。
理由は簡単。わざわざ心を読まなくても見れば分かる。
――わっかり易いヤツ。
にやにやと笑ってツナを見ると、
「――ん?何?」
さぁ続きを食べようというツナと目が合った。
その目がまだ恋慕の余韻を引き摺っていて、山本は一瞬ドキリとする。
「・・・ん、美味いなと思ってさ。日に日におやじさんの技マスターしてんじゃん?偉い偉い。」
しかしそんなことは微塵も感じさせず、笑顔のまま濡れた箸でつんつんと自分のうどんを示した。

「あ、ありがと。美味しくなってるんならよかったー・・・。いくらタダだからって、いつまでも山本にまずいご飯食べさせるわけにはいかないしね。」
「初めのうちはなかなかに酷かったな。」
「うっ・・・アレは・・・ちょっと料理じゃなかったかな・・・ハハハ・・・。・・・・・・。・・・・・・・・・・・・ううっ、ごめん。」
「いーっていーって!健康男児だし、腹へってりゃなんでも美味い!・・・ま、食えりゃそれでいいって事も・・・」
「あ!ちょっと!自分で言うのはまだ良いけど、そこまで友達に言われると俺もヘコむよ!」
「ハハッ!嘘だってウソウソ!美味かったって!」
「そ、そんな慰め要らないー!」

・・・実はツナの作ったものを、山本は今まで不味いなんて感じたことがない。
それが友人贔屓と言ってしまえばそれまでだったが、しっかり味見してある食事は最初からなかなかに食べられるものだった。
自分の為に一生懸命作ったという、心地良い“気”がそうさせるのかもしれないが。
・・・何と言っても手料理だし。
しかし、なんでも美味い美味いというのもツナの為にならないかと思い、山本は客観的に見ても美味しいと思えるようになるまでそれは言わずにおいたのだ。

「でもホント、マスターはさすがにまだまだだよ。それに、俺がマスターしなくても、おやじさんにはちゃんと息子もいて、今は全国を回る修行の身なんだって。俺は自給自足ができるようになりたいからここにいるだけで、将来は別になりたい職があるから・・・」
ふやけた天ぷらを食べて、ぽりぽりと頬を掻いてそう言ったツナに、山本は慌ててうどんを飲み込む。

「なりたい職?へぇ〜・・・なんだよ?俺それ聞いたことない。」
「だって言ってないもん。・・・なれなかったら恥ずかしいから秘密だよ。」
頬を染めてついと目を逸らしたツナに、山本は食い下がる。

「なんだよ、お互い尻の穴まで見せ合った仲じゃねーか!今更隠し事かよ・・・」

山本の口から出たとは思えない言葉に、ツナは瞬時にぼっと赤くなる。
「しっ尻の穴って!!なんか激しく語弊があるよそれ!普通に幼馴染って言ってよ!」
「その幼馴染に隠し事するからだろ。あーあー水臭ぇー」
珍しく年相応な面を見せる友人に、ツナは、ふっと顔を崩した。
「山本、変な時だけ押し強いね・・・。うーん・・・・・・じゃあヒントだけ。」
「やった!だからツナはツナだよなっ♪」

山本はツナのこの押しに弱い所が大変お気に入りであり、実は心配の種であったりもする。
――悪徳商法とかにいつか引っかかるって、絶対。
良い意味でも悪い意味でも、山本の思考は八割がたツナが占めているのだ。・・・因みにあとの二割は仕事だ。

「な、何それどういう意味・・・?・・・ま、いいや。じゃヒントね。俺の特技・・・というか生まれ持ったものに関係した仕事だよ。」
不信げに首を傾げた後、食べ終えたどんぶりに箸を並べて置いて、ツナはぴんっと人差し指を立てて言った。
山本も最後の汁を飲んで、少し冷めたお茶を啜る。

「特技・・・・・・って、ああ、‘アレ’?」
「そう。多分その‘アレ’。」
思い当たる節がある山本に、コクコクとツナが頷いた。

「‘アレ’を活かした仕事ー?なんかあったっけか?」
「さーあね。ヒントは一つまででーす。」
楽しそうに腕を組むツナに、山本も笑う。

「うーん・・・あ、もしかして俺と一緒のとか?」
そうだったら嬉しいなー、仕事がもっと楽しくなる。と考える山本に、ツナは両手で大きくバツを作って、大げさに残念そうな顔をする。
「おっっしーい!近いけどそれはさすがに俺には無理。うーんでも近いなぁ・・・」

「俺に近い・・・?あ、じゃあ家のメイドか?」
「それ特技要らないし・・・全然山本の仕事に近くないし・・・俺男だし・・・」
正解から思いっきり逸れていった答えに、ツナが思わず脱力する。

「えー・・・じゃあ――」
「ブッブー時間切れでーす!正解はまた今度!ほら、食器貸して!そろそろ帰らないと近所迷惑だよ!」
山本の言葉を遮ってじゃりっとツナが立ち上がる。
「・・・結局言う気ねーんじゃん・・・」
ぼそっと不満げに呟かれた一言も耳に入らないふりをした。

「はいはい火消してってー」
風呂敷の上に先程使い終えた食器類を二人分置いて、慣れた手付きできゅっと結んで仕舞い込みながら、立ちあがりかけの山本にそう声をかける。
店主ら二人が夕食を食べているかもしれない時間に裏の水場を使うのは気が引けるので、毎日食器はツナの持参で、帰りに川で洗うようにしていた。
「はいよー」
山本はのんびり返事をして、店内にぽつぽつと灯った火を消して回る。
ツナも店内の最終点検をしながら一緒に消して回った。

「・・・よし、ラス1。」
そう言って山本は一番出口に近い最後の一つを、ツナが店から出るのを待ってから消す。
これで店内に漏れる明かりは奥の店主らの団欒の灯りのみとなる。
店の戸締りは、店内の火が消えてしばらくすると、京子がやってきて内からつっかえ棒を置く仕組みになっていた。

「――ほい、傘。」
「・・・・・・あ、そうだった。雨降るんだった。折角教えてもらって分かってたのに、傘家に忘れてたや。」
あははと笑うツナに、山本は番傘を開きながら笑った。

まだ雨は降っていない。

「一本も減ってねーからそーだと思った。でも仕事の邪魔だからもう一本は持ってきてねーぜ?」
「うん。一緒に入るし、平気。」
けろっと言って、ツナも隣に割り込んだ。

狙ったのか狙っていないのか相合傘。
雨も降っていないのに相合傘。

「・・・で、持つのは?」
「勿論、背の高い方!」

にっこりと見上げられれば、山本が「このっ」とか言う前に、『ドンッ』と音がしそうなほどの雨が降ってきた。

「ビーンゴ!」
笑ったツナに山本も言ってやった。


「お前は傘ねぇくせに。」











* * * * *










『寒い――』

どこだ・・・ここ・・・

『寒い――』

確か俺は・・・

『寒い――』

・・・・・・を探して・・・

『寒い――!!』

しなきゃならないことが・・・!










* * * * *










ざーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「今日の仕事はどうだった?また退治?」

「いんや、今日は占いばっかだった。しかも変なおっさんのばっかり。」


じゃくっじゃっくじゃくっじゃっく


「あはは、それは嫌だねー。」

「だろ?見ても見ても見えるのはおっさんおっさんおっさん・・・」


ざーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あはははは!絶対俺ヤだなそれー」

「あの人らは未来知ってどーすんだろな?俺、絶対未来は知りたくねーなぁ。」


じゃくっじゃっくじゃくっじゃっく


「うーん・・・ま、でも山本が見るのはそのままいったらの未来の事だから、見たい人は嫌なことが待ち受けてないか気になるんじゃない?先回りしたいんだよ。」

「悪い事があるから人間強くなれんのにな。」


ざーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「だね。ま、お金がある人は遣い道ないから丁度いいんじゃない?山本に回ってきて。」

「ま、それもそーだな。」


じゃくっじゃっくじゃくっじゃっく


「うん。・・・あ、川まだ増水してないよね?」

「・・・あぁ。ちょっとしてるけどまだまだ大丈夫。」

「じゃ、いこっか。」











* * * * *









・・・なんだろう・・・

ああ、あっちの方がきっと温かい


ざーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


何の音・・・だ?

膜が・・・かかったみてぇに・・・




――・・・・・・寒ぃ・・・




俺は・・・


何が・・・





・・・?













* * * * *











川辺。

雨の降る夜。

枝垂れ柳の下。






「――あれ?誰か倒れてるっ!?」




嫌な予感。


「待てツナ、あれは・・・っておい!!」

傘から一目散に駆け出していってしまったツナを、慌てて山本が追いかける。


――馬鹿!相変わらず分かってねーな!


「大丈夫ですか!?」

ツナが駆け寄りながら声をかける。
――こんなところで倒れてるなんて大変だ!風邪?肺炎?とにかく医者に看てもらわないと・・・!


「・・・・・・・・・馬鹿。濡れてんぞ。」

山本は即座に追いついて心配そうに駆け寄るツナを傘に入れた。
そのままちらりと前を見る。これなら大丈夫そうだ。大分弱ってる。

「俺は大丈夫。それよりこの人が・・・」
ツナが抱え起こそうと身を沈めかけた時。





「・・・大丈夫だ。見てんなよ。・・・見せモンじゃねぇ。」





雨の音に消えそうな、小さな、小さな声が響いた。

声からするとどうやら自分たちと同じくらいの年のようだ。
真っ白い寝巻きのような服をきている。
髪の毛は綺麗な灰色。
でも曇った夜には随分くすんで見えるな、とツナはごしごし目を擦った。

顔は俯いているからまだ見えていない。

「あ、すいません・・・あの、でも・・・本当に大丈夫ですか・・・?こんな夜更けに雨の中で傘もささずにこんな柳の下なんかに座って・・・」
ちょっと怖い感じの声だったので一応敬語にしておく。
なんだかんだツナは気が弱いのだ。


「・・・・・・大丈夫だっつってんだろ!ああもうめんどくせぇ、さっさと行けよ!」


とうとうギンッっと親の仇のように睨まれたツナは、思わずうっと身を引いた。

やっぱり同じ年くらいに見える。
綺麗な顔だなとは思った。

でも怖い・・・。

「・・・だってよ。なぁ、ツナは気付いてねーかもしんねーけど、こいつは――」
「ああ!!!血!!!!君、血が出てるよ!!!」

またも山本の台詞は綺麗に無視して(というより途中から違うことに目が行って聞こえてなくて)、
ツナは白衣の胸元から腹にかけてくっきりと浮かぶ真紅に叫んだ。
もはや敬語どころではない。





「あ!袖にも血!やっぱり医者行った方がいいよ!ほら、俺が支えるから――」



「ちょ、聞けってツナ――」



「あっ、てめっ・・・触んなッ!!!」



























スカッ























ぼてっ べしゃ
「いてっ!」

「あーもー・・・だから聞けって言ってんのに・・・」
山本が傘を持ってない左手で顔を覆った。

「・・・・・・。」


「あいたー・・・肘ガツンと打ったよ・・・ほらじーんじーんって・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?」

白衣を支え上げようと体重をかけたその格好のまま、ツナは濡れた地面に倒れていた。

体の半分は白衣の中である。




「・・・・・・・・・・・・。」


「・・・・・・・・・・・・・・・ちょっと失礼します。」








ぶんぶんぶんっ

ツナは白衣の腕に何度か自分の腕を往復させた。










「・・・透けてる・・・」
























「・・・俺、もしかしてまたやった?」



「もしかしなくてもまたやってる。」


ツナの質問に、山本が簡潔に答えた。





「おっ前本気で見分け付かないんだよなー・・・」
山本が思わず苦笑する。
「うん。全然気付いてなかった。」
ツナも苦笑で返す。

































「まさか幽霊だったなんて・・・」


































ツナの一言に、幽霊はケッとそっぽを向いた。


































――――――――――
中書き。

ついに書きたかったパロを書き始めました。
た、楽しかったぁー!

苦情、感想、なんでも待ってます。
一言でも良いので何か感想を下さい。
パラレルは本当に反応が怖いんですよぅ!(ガタガタ)


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