「オイ、猿野・・・。お前、次の日曜に俺の家へ来い」

この前の試合で、俺が言われた言葉。相手は、華武高ピッチャー・屑桐無涯。
珍しいことに、次の日曜は、十二支も華武も部活が無い。ついでに俺には予定も無い。
まぁ少し尊大なのは何だけど、仕方ない、許してやるよ。
「んー・・・わかった」
滅多に会えない、恋人の頼みだし・・・ね。




あかみみ






 「うわ・・・すげー・・・!!」
それを見上げ、俺は思わず呟いた。その家屋は、純和風と呼ぶに相応しい、日本的などっしりとしたものだった。
呼ばれて来たとは言うものの、俺は、なんとなく門を開けるのを躊躇してしまう・・・。

 あ。

 「何をしてるんだ、入らないのか」
「く・・・屑桐さん・・・!」
不意に、後ろから言われて。振り返れば、コンビニの袋を提げた屑桐さんがいた。
・・・少し、コンビニの袋は意外かも。
 「どうせ俺は1人で暮らしている。遠慮することは無い。上がれ」
そして屑桐さんは、俺の前に立って『ガラカラカラ・・・』と音をさせながら、門を開けた。
「入れ」
「あ、ああ・・・」
その言葉に、この家に。かなり戸惑いつつも、俺は屑桐家の門をくぐったのだった・・・。



 「適当に座れ」
「あ、うん」
通された彼の部屋は、よく整理されたシンプルな部屋だった。
この家の外観とは裏腹に、全体的には洋風で。床は、フローリングだ。
それから、ベッドとか本棚とか、置いてあるものは飾り気が無い上に、必要最低限って感じだ。
 屑桐さんが、小さな机にコンビニの袋を置く。
突っ立ってるわけにもいかなくて、俺はドア近くのベッドの端に座った。
 「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
・・・オイ。何か言えよー・・・。
俺たちの間に、沈黙が流れる。部屋が新鮮だの、私服が新鮮だの、そんな感情はすぐ慣れるに決まってる。
しかし、そうしたら俺は、ものすごく居心地が悪くなるわけで。
だいたい、向こうが呼んだんだから、俺の方に用があるわけじゃない。
 「・・・・・・」
「・・・あ、の・・・」
喋りもせずただ、俺の隣りに座っている屑桐さんに、俺は声をかける。
いい加減、こんなの耐えらんねぇ。
 「なんだ」
「えっと・・・屑桐さん、俺に用があったんじゃ・・・?」
「用?・・・あぁ」
 ―――『・・・あぁ』じゃねぇだろ!!
本気で突っ込みたくなるが、ここはおとなしく我慢してやろう。
俺は、続きを待つ。・・・けど、その続きは・・・

 「もう済んだと言えば済んだのだが」

 ・・・ ぶ っ こ ろ ?? 済んでるわけがねェだろうがぁああ!!!

 心は煮え、叫びが溢れる。
「結局、何の用も無いんじゃねぇか!!俺が来て5分、いや3分も経ってないんすよ?!
適当なこと言わないで下さ」
「適当などではない」
「へ?っわ!!」
思わずベッドから立ち上がってまくし立ててみれば、屑桐さんが俺を遮るように反論。
その言葉にびっくりして、動きを止めた瞬間っ・・・『ドサッ!!』、鈍い音。
そして俺の体は、温かい体温に包まれたんだ。っつまり、これって・・・!!
 「っく、くずきりさっ・・・!!」
「良いから」
 イヤイヤイヤイヤ良くねぇよ!!
そんな突っ込みを思い浮かべるものの、実際に言葉になんてならなかった・・・。いや、しなかったんだ。
だって、この体温を離すには、あまりにも名残惜しくて。
 「・・・用と、いうのはな」
「ん」
きゅっと俺を抱く腕。そのままの体勢で、先ほどのことを彼は言う。
・・・屑桐さんは、知ってるんだ、きっと。俺が何をされると大人しくなるのか。
だから、だからっ・・・!

 「お前と、一緒にいることだ」

 こんな風に耳元で、響く甘い低音の声で、囁く。
―――ああ。熱い、熱くなる。火照る顔、そして体。俺は、・・・高揚、するんだ。
 「っ・・・・・・!!」
不意に、俺を抱く腕が緩められた。消えそうになる温もり。俺は思わず顔を上げて、屑桐さんを見やる。
彼の高身長のせいで、どう足掻いても俺は、少なからず上目遣いになってしまう。
それがすごく悔しくて、いつもはそんなコトしないけど・・・今日は、特別。
 ―――が、しかし。
「・・・はぁ・・・」
「?!」
俺と眼が合った瞬間、あろうことか彼はため息を吐いたのだ。
 悔しくて、悔しくて。
やっちまった俺が馬鹿だった!!キュッと唇を結んで、下を向く。
『俯く』んじゃねぇ。アイツの顔を見ないように、『下を向く』んだ。そう決意したのに。

 「・・・オマエは、可愛すぎるんだよ」

 ?! 下を向いたままの俺に、屑桐さんが呟いた。
そして、ゆっくりと俺の髪をすいて・・・。

 「キスしたくなった」

 「はぁ?!」

 何をコイツは堂々とっ・・・!!
さっきのことも忘れ、つい顔を上げて、素っ頓狂な声を上げてしまった。
 知らず、頬が朱を帯びてゆく。彼は不思議そうな顔をして。
「何を驚く。お前を好いているからだ」
そして、今まで俺の背にあった大きな手が、気付くと頬を触れていた。
そのまま撫でるように顎を捉えられ・・・上を、向いてしまう。
 「猿野」
屑桐さんの眼差しが、俺を射抜いて。
それは何だか、どことなく普段より、真剣みを帯びていて。
ゆっくり、近くなる・・・。近く、いっぱいに・・・。
 「っや・・・、く、くずきりさんっ・・・!!・・・俺、やだっ・・・!!!」
「な」
 だって、こんなの・・・悔しい。流されて俺は、屑桐さんに良いように扱われて。
なのに結局・・・こんなに、ドキドキさせられて。
 「・・・何故」
「っう・・・」
少し低くなった声。・・・俺は、言葉を詰まらせる。こんなこと、いえるわけが無いっ・・・。

 ―――でも、彼に隠し通す方がよっぽど難しく。

 「い、言わないっ!!」
『ばっ!』
立ち上がって逃げようとしても、
「言え」
当然、運動能力は向こうが勝るわけで。俺は、たやすく詰め寄られた。
 不幸にも、背にしているものは扉ではなく、壁。逃げることなんざ、不可能そうだ。
「さあ」
顔の横には、屑桐さんの大きな手。顔の前には、屑桐さんの整った顔。 「っ・・・!」
俯き気味、左斜め48°くらいを見つめつつ俺は。
 彼が微かに、ため息をついた気がした。
「・・・俺は、それなりの覚悟があって来てくれたのかと思ったが」「え?」
上から、声が降ってきて。それから。
「・・・イヤ、すまなかった」
「?!」
 ・・・何処か切ない、優しい表情だった。
 俺の横から、彼の腕が退かれる。
くるり、俺に背を向けて、さっきまで俺たちがいたベッドに向かう。

 ―――とてつもなく、遠くなってしまう気が、して。

 「っく・・・屑桐さん!!」
「? ッッ!!」
呼ぶ声に、半分振り返った彼に、半ば押すように抱きついて。突然のこと、バランスは当然、崩れ・・・。
 「っ、わ・・・!!」
「っな」
『ドサッ!!』
 俺たちは、ベッドの上へダイブ。正確には、俺は『屑桐さんの上へダイブ』だったけど。
でも、そんなことは、どうでも良くて。
 「屑桐さんっ・・・キス、していいから!」
「は?」
「さっきから、屑桐さんは余裕で、なのに俺・・・すげぇ、ドキドキで悔しくて!
だからついヤダって言っちゃって!でも俺、本当はっ・・・す、き・・・!!」
 何を言ってるか、自分でも解らないくらい焦ってる。
だから、彼の肩に顔を埋めて、泣きそうなくらい熱い眼と体を、見ないフリする。
 ・・・屑桐さんは、まるで宥めるように、空いた片方の手で、俺の背を撫でてくれていた。
 「・・・全く、誰が余裕なものか」
そして、おもむろに口を開く。それが彼の独り言かは判らないけど、俺は反応してしまい。
半分だけ体を起こし、目線を屑桐さんに・・・・・・あ。

 「・・・耳、まっか・・・・・・!!」

 俺の視界に飛び込んできたのは、屑桐さんの真っ赤な耳。
顔も態度も変わらないのに、それだけは如実に感情を表していて。
 俺が堪えられず笑顔になると、彼は、照れたように「ふん」とだけ言って目を逸らした。
「あ〜〜〜やっぱ好き。もう良いよ。・・・屑桐さん」
「ん、なんだ」
何だか嬉しくて仕方なくて、ベッドの上の屑桐さんに腕を回した。
ぎゅっ、と、抱きついて。


 「“キスしたくなった”」


 少し体を起こし、彼を見て俺は笑う。
彼は、あの時と同じように、ゆっくり頬に触れて


 「同感だな」


 ―――優しく。




 俺たちの耳は、きっと今、真っ赤なんだろうね。










   あかみみ    終。
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水風さんのあとがき☆

初めて書いた、屑猿文です。
 これは、茜梨さんとメッセで話してて・・・『キス』をテーマに書こう!ということになって・・・。
茜梨さん、素適な企画の提案、ありがとうございました!!これからも仲良くしてやって下さい!(笑)
 それにしても・・・無涯さん、ヘタレっぽい上にどことなく甘い・・・!あちゃー★
設定等は、オフィシャルで出る前に書いたものなので・・・お見逃し下さいっ!!(汗)


茜梨の勝手な感想!

きゃー!見ました皆さん!水風さんの屑猿ですよ〜!!
上に書いてある通り、メッセでの会話の結果、書く事になりました物です。
水風さんなんか、書くって決まった3日後くらいにはもう書き終わってた気がするんですが・・・(汗)
私なんて、水風さんに送って頂いて、それを見て創作意欲が湧いて、
2日で急いで書き上げたのに・・・(汗)なんで、私のはロクなモンじゃないんです。
なんで、水風さんのを読んで、和んで下さいね☆(あっ逃げたぞ!)
オフィシャル設定とはまた違った屑桐さん。是非ご堪能下さいね☆









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