愛しい愛しい俺の子猫。




††
 Cocky Kitten ††



微風が二人の間をすり抜ける。

流石に肌を露出していてはそろそろ肌寒い季節になってきた。

俺は先程よりも幾分か強く吹き上げた風に身震いする。

――屋上なんかで食うべきじゃなかったか・・・?

足下にはたった今食べ終えたばかりの弁当。

そして隣には人の学ランを奪って俺の肩に凭れかかり悠々と寝こける親友が。

否、親友という表現は微妙に違うか。


高校に入学して、コイツが野球部なんかに入ってから俺は焦ったように報道部に入部した。
とにかくいつも目の届く所にいないと心配で仕方ないから。
コイツが何しでかすかもだけど、それより誰に何されるか分かったもんじゃない。

案の定野球部の連中はコイツに目を付けて、まるで雄が雌にするように群がってきた。

破天荒な行動と発言に人はまず惹かれ、時折見せる真剣な表情に心打たれる。
例外無く野球部の奴等もコイツにやられたワケだ。


――まぁどれも精巧な偽物なんだけどさ。

どうもコイツには人の前で猫を被る癖がある。
あ、猫じゃなくてバカを被るの方があってるか。

素のコイツは頭の回転が速く、生意気で人を見下したようなヤツだ。
間違ってもふざけたり人を笑わせたりするようなヤツじゃない。

・・・どうやら俺の前だけでは素でいてくれるみたいだ。

それが堪らなく嬉しいんだけど。


此処らへんで、俺は幾度目かの告白をする。
場所はよくコイツが遊びにくる俺の部屋。

『天国。好きなんだ、昔からお前だけを見てきた。付き合ってくれないか?』

遠回し、直球、ラブレターに電話。世に出まわってる告白と名の付くものなら一通りやった。
どれも本気だし、想いの強さも全て誰にも負けない自信はある。
それでもダメなら仕方がない。自分に何が足りないのか考えてもっと自分を磨くだけだ。

『・・・・・・いいぜ。』


―――――へ?

何が“いい”って?

思考が付いていかない。

・・・見当は付かなくはないが・・・信じられない。だって今までは此処で断られて・・・

そんな俺を見兼ねて天国が続ける。

『――もういい頃だろ。俺の親友さんは日々己を磨いてイイ感じに人間出来てきたし。
 そろそろこの親友の距離を縮めてやってもいいかなってことだ。』

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
暫くの間の後。

『・・・ぃやっっっったぁぁぁぁぁ!!!』

俺は盛大にガッツポーズをして天国に飛び付く。

『おわっ!』

いつもの兎丸でもギリギリ支えられる程度なのに流石に俺に飛び付かれては勢いと体重を支えきれなかったらしく
二人して俺のベッドに勢いよく倒れ込む。

俺は何か文句を叫ぶ天国を無視して、天国に顔を見せないように抱きついたまま憎まれ口を叩く。
顔を見られたらなんの意味も持たない憎まれ口。

『そう思ってんならもっと早く言いやがれ!!俺は昔からイイ男だ!!』

言った瞬間天国は黙って、フンと鼻を鳴らして言う。表情は見えないが恐らくいつものあの嫌な笑い。

『そういうことはしっかり顔と顔を合わせて言うもんだ。』

言われて俺はバッと顔を上げて天国を見据える。

『――っ泣いてて何が悪い!大体お前がもっと早く言ってればこんなにならなくて済んだのに・・・っ』
『じゃ、よかったじゃん。』

――何が!!
言いかけて止める。よく考えたらそうだ。こんなに感動できることなんてそうそう無い。

『・・・それもそうだ。』
ボソリと言う。

それを聞いて天国はブハッと吹き出す。
『何ソレ、単っ純!!』

二人して仰向けになって笑い合う。


――こうして晴れて俺達は付き合うことになった訳だ。

天国は恋人という立場で前にも増して生意気なことを言うようになったし、
付き合って何か変わったわけでもないような気もするが、
こうして隣でぐっすり寝てくれるようになったのはかなりの進歩だ。

前までは例え寝てても俺が側に寄った瞬間起きてたしな。

天国には何も無いのに警戒し続ける癖がある。・・・ホント変な癖ばっか持ってんな・・・。
いつも知らず知らずのうちに神経を張り詰めて自分の間合い――っていうのかな、
に誰かが入ってくれば相手には知られないように構える。いつ何をされたとしても迅速に対処できる様に。

それは寝ていても同じで、

例えば天国が家で寝ているとすると、誰かが家の門を開けただけで起きてしまう。
勿論、昼だろうが夜だろうが関係無し。
チャイム等は要らないんじゃないかとも思う。
目が覚める、とは全く違うレベルの覚醒。寝起きなんてもんは無いと考えて良い。

――といっても、これは俺が付き合ってから知ったことだけど。
前まではそりゃ門を開けるだけで起きてんだから寝てる姿は拝めない。
真夜中にいきなり電話掛けても三回以上コール無し。且、はっきり喋る。
コイツいつ寝てるんだ?と、よく思ったもんだ。


そうして物思いに耽っている間も警戒心まるで無しで寝こける天国を見る。


――漸く手に入れたこの子猫

そう簡単には手放してやらないぜ?

害を成すものは即排除だ。

そして、

それが例え――


「――梅さんでも。」


一層強い風が俺と天国しか居ないはずの屋上に吹き荒れる。

俺は給水塔の陰に居るはずのその人を見据えて言い放つ。

「何時までそこでそうやってるつもりっすか、梅さん?」

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
あの時と同じような暫くの間。

――そして、散々吹き荒れた風が漸く止んだ頃。

「・・・神聖なる報道部の活動を邪魔するなど、パシリのすることかしら。ねぇ沢松?(怒)」
忌々しげに其処から出てきたのは俺と同じ報道部のCAPの梅さんこと梅星塁さん。

その親しみやすそうな外見からは想像も出来ない程底知れない人だ。
――思わず心中でもさん付けしてしまうような。
とりあえず、外面的には弱味を握られた事にしているが、
弱味なんか持ってるようなヤツが天国に認められるわけないし、
もし仮に在ったとしてもそう簡単に表には出さない。

まぁそんな事、信頼を得るための第一条件にも満たないけど。

俺は未だ天国にカメラを向け続ける梅さんを一瞥して、普段なら絶対に見せないような嫌そうな表情をして言う。



少し、イライラする。



「・・・コイツの幸せを壊すなら例え梅さんでも許さないっスよ。」
それを聞いた梅さんはフン、と鼻で笑って言う。

「沢松の分際でよく吠えましたわね。(嘲)でも猿野君は・・・――」

睨み付ける俺など全く眼中に無いかの様に梅さんはパシャッと軽快な音を立てて天国を撮る。

フラッシュにか天国の眉根が一瞬寄る。

「気にしないんじゃないかしら?」



イライラが更に大きくなる。




俺は心底面白くなさそうに問い掛ける。

「へぇ?どうしてそう思うんスか?」
すると何故か梅さんは大きな溜め息を吐くとカメラを下ろしてまるで俺を馬鹿にしたように言う。

――否、実際馬鹿にしてるのか。

「そのくらい自分で考えなさいな・・・そんな初歩的な事すらも分からない様じゃ、
やはり猿野君は任せられませんわね。(落胆)」

――なんでアンタにんな事言われなきゃ――

言いかけて当の本人がもう聞こえない所に行ってしまったと気付く。
梅さんは後ろ手をヒラヒラ振りながら出口まで歩いていき、屋上から出る。
天国が起きてしまわないように大きな音を立てないでドアを閉めたようだ。

俺は今までのイライラも忘れて惚ける。まるで肩透かしを喰らった気分。


昼休みはあと5分を切った。


「なんだってんだよ・・・?」
思わず声に出してそう言うと、それを待っていたかの様にクスクスと笑い声が。
隣を見れば天国が声を殺し、体を震わせて笑っていた。

――え、あ、ねっ寝てたんじゃなかったのか!!?

って事はあれもこれもみんな聞かれたって事で・・・
あれ、俺なんて言ってたっけ!?

前以上に慌てる俺に天国は目を開けクスクスと口元に手を持っていき笑い続ける。
格好だけは野球部の3年の先輩に似てなくもないが今の天国がしてるのは本当に可笑しそうな笑い方だ。

暫く屋上には天国の殺した笑い声だけが響いて。
漸くその笑いが収まりだした天国に、俺は怪訝と羞恥の間のような顔をして言う。

「――・・・起きてたんだな・・・。」
「・・・あぁ、起きてたよ。・・・ははっ。」
また吹き出す天国。
あぁ、穴があったら入りたいってのはこの事なんだろうな・・・。

「い、何時から?」
「最初から寝てねぇ。あの人ずっと彼処に居たからな。」
――じゃあ梅さんは・・・
天国が起きてるのを知ってて、尚かつ天国が撮られるのを分かってても
寝た振りを続けているのは了承だと受け取って行動していた事になる。

え、それじゃあ知らなかったの俺だけって事か?
うあ本気で恥ずかしいし。

「――まだまだだな。あんな簡単な寝た振りに気付かないなんて。」
「・・・・・・うるせ。」
「梅星さんは気付いてたのにな。」
「うっ・・・。」
「散々馬鹿にされてたな。」
「・・・。」
「梅星さんが居ることに気付くのも遅い。ありゃ、ん十枚は撮られてるぜ。」
「――っ!」
「あー!明日の校内新聞に載ってたらどうしよう!!」
態とらしく両手を顔に当てて泣いた振りをする。
そういや天国は俺の前ではスッパさんじゃなくて梅星さんって呼ぶ。
此も嬉しい事。
「うっせぇ!!どーせ俺はまだまだだよ!梅さんに負けるわ、馬鹿にはされるわ、
梅さんが居るのにも気付くの遅いわ、ん十枚撮られたのだって俺の所為だーー!!」

開き直りは見苦しい。とはよく聞く台詞だがそれ以外しようがないのだから仕方がない。

そんな俺を見て天国は遂に声を出して笑い始める。
「ははははっ!・・・開き直りは見苦しいなー」
「――んな事、分かってらぁ!!」
笑い声が更に大きくなる。

昼休みは残り2分。5限目はサボりかなと思う。



「――でも・・・」
「へ?」
先程まで笑っていた天国が急に声を上げる。

「・・・ちょっと格好良かったぜ。さっきの。」

えーと、さっき?
なんか言ったっけか・・・?
「なんか俺言ったっけ・・・?」
思った通りに口にする。



「『コイツの幸せを壊すなら例え梅さんでも許さない』




――――なっっ!!
「あ、ああああれは!!」
頬とは言わず顔全体が紅潮する。
「『コイツの幸せを壊すなら例え梅さんでも許さない・・・』」
天国が役者のように大袈裟な動作で言う。
「や、やめやめ!!止めろってば!!」
「あははははっっ!!」
天国の一層大きな笑い声が初秋の高い空に響いた。





こんな生意気で

嫌味ったらしい子猫

だけど、

愛しい愛しい俺の、俺だけの子猫。









Is the kitten cocky or lovely ?





























―――――――――あとがき。




あらた様に勝手にリクして勝手に書いて無理矢理押し付けたもの。(笑)

リク内容は「秘密に付き合っていた所を梅さんにスッパ抜かれる沢猿」でした。

ぜ、全然リク通りじゃねぇし!!(痛)

・・・愛だけはトリアエズ込めました。怨念のように。(汗)

では、こんな不出来な娘ですが、あらた様、どうぞ貰ってやって下さいv(嫌)

あ、太字にカーソルを合わせると訳が出ます。






BACK