突如部活が中断された。
都合良く、残り時間が30分弱だったので、室内練習にもならず、
いつもより少しだが早く帰れる事になった。
†† か さ ††
急ぎ部室に駆け込み、髪から滴る水滴をぷるぷると振り落とす。
部室のトタン屋根は、耳を塞ぎたくなるような大音量を奏でている。
ボクは、まいったなぁ・・・と言いながら、ずっしりと重く、冷たくなったユニフォームを脱いだ。
「傘持ってきてないや。」
小さな溜め息と共に言われたそれに、意外にも返す言葉があった。
「――バカだなぁ〜。天気予報見なかったのか?常識だろうがっ。
でもあのお天気お姉さん、グラマーで綺麗だよなぁ〜・・・。そういやこの前も可愛いミスを」
・・・その後は聞き取れなかった。
「・・・お姉さんの話はいいとして、ボク天気予報ってあんま信用してないんだよね。
なんか“〜でしょう〜でしょう”ってうるさいし。確証がないなら言わないでほしいし、
大体、例え濡れたとしても所詮は水だしね。」
そう言いながら、どうせ途中からは聞こえてないだろうと、さっさと着替えを済ませる。
どうせ濡れるんだし、さっさと帰ってお風呂に入りたかった。
「――そんじゃ、おっ先ぃ〜♪」
ガチャリと戸を開けて、その予想を越えた光景に、暫し呆気に取られた。
バケツをひっくり返したなんて甘いものではない。プールをひっくり返したような雨。
・・・いや、雨と言うよりは嵐に近いか。
天気予報を見ていれば、台風が近づいているとでも言っていたかもしれない。
「すっご・・・。これ、帰れるかなぁ・・・。」
覚悟はあれどもこの雨だ。多少なりとも・・・というか、かなり尻込みしてしまう。
部室に駆け込んだ時は、まだこの半分ほどだった筈だ。
戸を開けたことで、トタン屋根の、“30人程の人が、鉄板をハンマーで叩きまくったような音”は、
大分聞こえなくなったけど、代わりに、目の前の雨の滝のような音に、どうしようかと立ち止まる。
「・・・おーい、早く行けよスバガキぃ。」
後ろからの催促の声に、一瞬気合を入れて、ボクは雨の中へと踏み出した。
それから少し遅れて、バンッという傘の開く音が微かに聞こえるけど、気にも留めずに歩き続ける。
濡れるからといって無意味に走りたくはなかったし、どうせ10歩も歩けばびしょ濡れだった。
グラウンドを抜け、校門あたりに着いた時に、隣りに人が並んだ気配がした。
皆に挨拶をしてから来たらしい彼は、走ったわけでもなさそうなのに易々とボクに追いついてしまった。
埋めようもないリーチの差かと、こっそり舌打ちする。
「濡れウサギ。」
バカにした口調で、ボクの耳に入るように言われた言葉に、ちょっとだけムカついて、つっけんどんに返す。
「じゃあ入れてくれればいいじゃん。ケチ。」
こう言うとまるで彼の傘に入れてほしそうに聞こえるが、この言葉に他意はない。
別に入れてほしくもないし、単にケチだと思うからそう言っただけだ。
「じゃあ入れて下さいってお願いしな。人に物を頼むような態度じゃねぇよ。」
べっ、と舌を出して言われた言葉に、今度は結構ムカついて、ベーーーっと舌を出して言う。
「死んでも兄ちゃんの傘なんか入れてほしくないね。濡れてる方が100倍マシ。」
すると彼は、
「バーーカ。」
と、笑って一言だけ言うと、いきなり大きく勢いをつけて、荷物を投げてきた。
ぼすっという鈍い音と共にボクに直撃して、ビックリして、わっと言うと、
取り落としそうになったスポーツバッグをなんとか抱える。
「――っなっ、何なのさ、いきなり!」
今度こそ怒った!と、雨が目に入らないようにやや下を向いたまま睨むと、
彼は何も言わないでボクの後ろに回り込んで、ボクが濡れてるのも全く気にせず、
ドカッと背中に乗ってきた。
「いっつもドカドカ乗ってくるお返しだ!荷物持ち+おぶり!ただ今俺は大変疲れている!!」
昔のお偉いさんのように、いやに高々に言うと、右手に傘を持ったまま、歩け歩けと命令してくる。
雨はかからなくなったけど、その代わり果てしなく重い。
「ちょっ!マジ重いってば!!お返しって、兄ちゃん、自分が何キロあると思ってんの!?」
「さぁー、進めぇーぴょんぴょん号ーー。」
兄ちゃんの気のない号令と、ボクの叫びが降る雨にかき消されていく。
「――ッッ、ホンット無理!!」
ぐぐっと力を込めて、丸められた腰を、ピンッ!と反らす。
兄ちゃんは、うわっと一声叫んで、都合良くあった水たまりに、綺麗にボチャンと落ちた。
持ってた傘は風に煽られて近くの茂みの中ヘ。それに気付かない兄ちゃんは、
「やったなこの野郎!!」
と楽しそうに笑って、――まぁ予想通り、ボクをその水たまりへ突き飛ばした。
元々びしょびしょだったのが、今度はドロドロになって、悲惨の2文字だ。
でもボクは、逆に何かスッキリした気分になって、あははっと大きく笑うと、
一旦押すフリをして、フェイントをかけて、ぐいっと力いっぱい引っ張って、兄ちゃんを倒す。
バッカだぁ!と笑いながら手を離そうとしたら、逆にその手を引っ張られて、
また水たまりに落ちてしまった。
どっちがっ!と兄ちゃんに笑われながら、大の高校男児が何やってんだと思って、
ついまたボクも笑ってしまう。
ザァザァという雨音に笑い声が二つ、溶け込んでいく。
――しばらくそうしてそのまま笑い合っていたら、兄ちゃんが急に立ち上がって、
さっき傘が飛んでいった茂みに入って行った。
兄ちゃんは、しばらくガサガサと物音を立ててから、あーーーっっ!!と叫んで出てくると、言った。
「穴が開いてやがった!!あんの枝めぇ〜!!
――・・・まぁ、ちょうどこの傘にも飽きてたところだしなぁ・・・。
それに、悲しいが、穴の開いた傘などいらんからな!よってこいつは廃棄処分だ!!
こうなったのも全部スバガキのせいだかんな!!責任取ってお前が捨てとけよ!!」
そう、早口でまくし立てて、さっと鞄を掴むと、走り去ってしまった。
後に残るのはボクと、荷物と、どこにも穴なんか見当たらない傘と、煩い雨音のみ。
ボクは思わずプッと噴き出すと、
「――もっと他にやり方があるんじゃないの?兄ちゃん・・・。大体こんなドロドロにしといて今更傘なんて・・・」
開いたままコロコロと転がる、なんの変哲もないコウモリ傘に笑いかけて、
でも・・・と、続けて5文字の言葉を小さくかける。
「・・・ありがとう。」
ボクは微笑んで立ち上がる。荷物を持ち上げ肩にかけて、歩き出す。
まだ雨は止みそうもない。
どんよりとした暗く、重い空の下を、ボクは、一人陽気にびしょ濡れのまま
――コウモリ傘をさして、歩いて行った。
――――――――――あとがき。
制作時間1時間。珍しい作品だ・・・(汗)
雨の日に思いついたんです。
制服泥んこにして・・・明日どーするつもりやねん、って感じですよね。(笑)
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