芭唐Side





‡‡ 無我夢中 ‡‡







 ―――俺が、こんな風になるなんて。


 ・・・興味が、湧いたんだ。

 このギャップは何だ。

 この冷たさは何だ。


 こんな『猿野天国』に、俺は会ったことなんてない。もともと、猿野に会ったことすら少ないのだが。
しかし、その少ない中でも充分に感じられたのは・・・、『熱しやすく冷めにくい性格』。
それから、あの奇妙なギャグと共に発揮している、『ハイテンションな馬鹿っぷり』だ。
 それが。その認識が、今まさに、脆く・・・本当に脆く、崩れ壊れた。
何だ?何なんだ?この、真逆の男は。
 ・・・よっしゃ、とにかく出直そう。
俺はそう思い、この本屋から出ることにする。
アイツなら、まだあの本を読み耽っている。何処かへ行っちまうことも、無さそうだ。

 ―――戦を、仕掛けるならば。こちらも万全で無くてはならない。





 「ありがとうございましたー」
愛想笑いの店員の声を背に、俺はコンビニから出る。
戦の準備は万端。手にはコンビニの袋を提げてるのが、少し間抜けな気もするが。
 ・・・クチャ、クチャ、クチャ。
そして口の中、甘酸っぱい感覚が広がる。歩くそのテンポに合わせ、舌先でガムを弄ぶ。
少し濃いめのレモンライムが、俺を刺激していた。
 決戦の舞台は、すぐそこだ。

 「・・・ってと。何処で待とーかねぇ?」
んん、と伸びをしながら、顔にはいつもの笑みを貼り付ける。
ゆっくりと笑って、これからの展開に思いを馳せ。
本屋の前、人の往来の邪魔にはならないだろう手近な場所に、俺は腰を据えた。



 2個目のガムの、3度目のフーセンが膨れたときだった。
何度目かの、自動ドアの開く気配。俺は待ち人を確認するために視線を上に上げ・・・
 「―――あ、思ったより早かったな」
俺の眼に映ったのは、やっとお出ましの主賓。
待ちくたびれたな、と思いながら、ズボンを軽くはたいて、俺は立ち上がる。
 「・・・なんでまだいんだよ」
あぁ?コイツも意外に、率直な返事を返すもんだな。
「アンタ待ってたに決まってんじゃん。・・・途中、コレ買いに行ったけどな」
そう言って俺は、ピンと親指でガムを跳ね上げる。さっきコンビで買った、5、6本のうちの1つ。
今食ってるのと、同じものだ。
「コレが無いと本調子が出ねぇんだよ」
はは、と自嘲するように笑ってみれば、釣られたのか、それとも意思か・・・。
アイツは微かに、でも確かに、口元を緩やかに吊り上げた。・・・一瞬の、笑み。
 でもまた、怪訝そうな眼差しを俺に返した。
「・・・変な奴。―――で。この俺に何の用?」
そして直ぐに、その双眸に冷ややかなものを戻して。・・・俺は、楽しくて堪らなくなる。
 何だ、コイツは。
どうして、こんなにも冷たいのだろう。
どうして、あの時は『馬鹿』だったんだろう。
どうして、眼鏡をかけてるんだろう。

 ―――どっちが、素なんだろう。と。


 「・・・用ってか、質問ってか・・・。まぁ聞きたいコトがあったってトコだな」
ぼぉっとトリップしかけた脳を、こっちに引き寄せる。
 きっと、一瞬でも油断したら、コイツは俺の網なんて、直ぐに抜けてしまうだろう。
だって、こんなにも強かな眼をして。猫みたいな、狼みたいな・・・強い光を宿したそれ。
 ・・・って。
「あ、それだけ?なら帰る。俺には聞いても何のメリットも無いし」
するり、それは簡単に抜け落ちた。鮮やかとも呼べる、その切り替えしに、一瞬俺は言葉を失う。
 ・・・が。が、しかし。
ダメだ、ダメだ、ダメだ。ココで逃すわけには、いかねぇよ。
せっかく俺を満たしそうな・・・って、そうじゃねぇ!!
そうじゃなくて、それより引きとめっ・・・!!

 「っちょ、オイ!!」

 『パシっ!!』
・・・ああ、良い音だな、なんて。
でも実際は、そんな悠長なことは言ってられねぇ。
 アイツの腕をすがり捉えた、少し女々しい、俺の手は。
込めた力を少し和らげるものの、それから、どうすることもできずにいた。
 ・・・クチャ、1つ噛む。
全く以って、こんなのは俺にあるまじき話だ。
俺は、こんな奴だったか?・・・・・・その答えは、NO。
俺を分類すりゃ、間違いなく尊大な・・・コイツと同タイプの人間のはずで。
 「離せ」
「っ・・・」
端的な言葉に、溢れるほど詰め込まれた強さに、俺は。俺は・・・!

 「―――っガ、ガムは・・・オマエ、何味が好きなんだ?」


 瞬間の沈黙。そして・・・爆笑。
「っははははは!!!何なんだよ、オマエ!!普通、ここで『ガム』か?!っあはははは!!」
「っるせぇよ!!で、どうなんだよ?!」
 ・・・痛いというか、恥ずかしいというか。
こんな感情、ほぼ初めてじゃないかと、片隅に消えゆく『普段の俺』が、告げていた。
 ・・・でも、少しだけ。アイツの素を、垣間見たような、気がした。



 「そうだ、な。俺は・・・ハーブミント辺りにしとこうか」
まだ爆笑の余韻も覚めやらぬ様子で、アイツは言った。
『しとこうか』ってトコが妙にムカつくが、問題はそこじゃない。
 「ってめ・・・いつまで笑ってやがる」
「いつまで?さぁな」
『トン・・・』軽くアイツが壁にもたれた。
 先程の本屋の通りから、1本ばかり引っ込んだ路地。少し薄暗いような、その場所が、俺たちの現在地。
そこで、壁を背にして不敵に笑む猿野。追い詰めるように、追い詰められている俺。・・・悔しい。
頭1つ分くらい小さなアイツは、なお射抜くような眼で俺を貫いた。
 「―――で、アンタの聞きたいことって何?気が向いたから、聞いてやるよ」
・・・その尊大な物言いは、俺を逆撫でしてゆく。
「聞いてやる?随分な言い方だなぁ、オマエ」
確かに、俺が質問するのだから、多少は下手に出てやっても良いけど。
でも俺は、生憎そんな温厚温和な人間じゃぁねぇ。
 「別に、アンタが下で然るべきだろ。さ、早く言えよ。気が変わらないうちにな」
ふ、と嘲笑を漏らして。
その様は、一分の隙も無く構成されていて、俺は・・・俺は何故か、悔しいような感情にみまわれた。
同時に、底から興る、征服欲。
俺のモノにしたいとかじゃない。ただ、追い詰めて追い詰めて、この余裕ぶった顔を剥がしてやりてぇだけ。

 ―――・・・いいぜ。普通の返答なんざ、してやらねぇよ。
                お前の脳を、精神を、計算機の外へ出してやろうじゃねぇか。

 「気が変わらないうち、ねぇ・・・」
クチャ、クチャ、クチャ、クチャ・・・。路地に、ガムを噛む音が響く。
俺はアイツと反対側の壁に背を預け、口の中で呟く。
 レモンライムが、俺を刺激する。俺の思考回路が、はっきり繋がってゆくんだ。
普段の、テンションが戻る。
 「・・・早くしろ」
「そーだなー・・・急ぐこともないっしょー」
クチャ、クチャ、クチャ、クチャ・・・。フーセンを1つ膨らまし、それから割る。
下から上へ、ゆっくりと視線を移動させ、俺は口を開いた。

 「オマエ、さ。他人と関わんの嫌いだよなぁ、実は?」

 まるで、疑問のように語尾を上げて。
・・・でも、なぁ?心1つで、確認されてるような気もするっしょー?
 オマエは、コレを質問と取って鮮やかに切り返すか―――それとも、確認と取って多少は焦ってくれるのか。
さぁオマエの真実は―――

 ・・・アイツの眉が、ピクリと動くのが見えた。

 ―――多少なりとも、俺に乱れたっしょ?

 ほら もう少し、追い詰めてみてやろっか。
「普段は・・・『だから』、馬鹿やってるんだろ?じゃねぇと、めんどいもんなぁ?」
当たりだろ?とでも言うように、下から覗き込むように見てやる。
 「・・・へぇ。・・・何を根拠に言ってるんだよ、オマエ」
アイツは、それでも微動だにせずに訊き返す。

 ―――あぁ、あぁ・・・なんて快感。この、緊張して・・・張った空気。

 「根拠?根拠ねぇ・・・。オマエの容姿と・・・俺の直感、とかでどーよ?」
にっ、と口の端を上げて、アイツを見据える。アイツもまた、俺を見返す。
その静かな空気のまま、何分も過ぎた気がする。きっと、気がするだけだろーけどね。


 「・・・アンタ、楽しいじゃん」
「あ?」
 不意に、アイツが声を出した。聞き取れなかったわけじゃねぇけど、俺は思わず小さく声を上げた。

 ―――アイツは、不敵に笑んでいた・・・。

 なんだろう。楽しくて仕方ないんだ。
普段とは全然違うだろうアイツを、俺だけが知ってるみたいな。俺が、満たされる感覚・・・。
 「空気が良いわ、ココ」
思わず、俺は呟く。耳聡く、アイツはそれを聞きつけて、きゅっと睨まれた。
「空気が良いだ?ワケ解んないこと言ってんじゃねぇよ。・・・質問、早くしろ」
そろそろ、苛立ってきたんだなぁ?だんだん言葉が鋭くなるぜ?
 「別にー。オマエと一緒で、楽しいんだよ。・・・俺、オマエに興味出てきたぜー」
クチャクチャ、フーセンを膨らませながら、敢えて茶化すように笑ってやる。
・・・けれど、返されたのは冷たい、あの瞳だった。
 「馬鹿馬鹿しい」
「あ?」
その双眸は、俺を射抜いて、見据えて、・・・絶対零度。
 「――興味だって?誰が誰に興味が出たって?
ふざけるのも大概にしろよ、そんな薄っぺらい感情は存在しないんだ。軽すぎて反吐が出る。」

 ・・・ああ。その声は、本気で俺を覚醒させる。覚醒、させられる。
 そう―――オマエと同じように笑って、言ってやるよ。

「他人に興味ねぇ?・・・なら、俺に興味もたしてやろっか?」
「・・・は?」
ほら、な。だんだん、俺が判らなくなる、だろ。気になるだろ?
 「だって、なぁ?オマエ、あの犬には嘘でも構ってやってんじゃん」
「・・・・・・」
オマエの眼、少しうろたえてんのか?なんだか、泳いでないか?

 「・・・俺は、アンタのゲームになんざ、乗らねぇよ」

 そうやって漏らされる一言に、俺は快感を覚えるんだ。・・・こんな奴、滅多にいねぇよ。





 俺は、クチャクチャ、何度もガムを噛む。壁に背を預け、この空気を楽しむ。
アイツは俺を睨んだまま、微動だにしない。ただ、その温度だけが下がっていく。

 「・・・俺は、お前が嫌いだ。嫌いで嫌いで、仕方ない」

 不意に、アイツが口を開いた。まるで自分自身に言い聞かせるように。
「へぇ〜・・・。俺は、オマエのこと、けっこう好きだぜー?なんせオマエは、俺に惚れる予定だし」
あはははは!路地に響くくらいの声で、高らかに笑ってやる。
シルバーフレームの眼鏡の向こう、微かに、怒りの色が滲むのが見えた。
 「惚れる、だ?・・・もういい、俺は・・・俺は、お前が嫌いだ。お前が、どう思っていようとも、な」

 ―――っち。一筋縄じゃぁいかねぇってか?

 「いいぜ?望むところっしょー」
「・・・あ?」
ホラ、顔が引きつってんじゃねぇ?・・・アイツは眼を伏せて、それから、俺を睨み上げる。
 「・・・『望むところ』?相手を間違えるな。俺を誰だと・・・」

『ダンッ!!』

 ・・・呑まれたら、オシマイだ。

 「―――『猿野天国』。お前を、俺なしじゃ生きていけなくしてやるよ」


 思いきり、アイツの顔の横、手を突き立てて。俺の方が高い身長分、高圧的に見下ろしてやる。
それでもなお、死なねぇ瞳が。
それでもなお、気高く傲慢な瞳が。

 「・・・は!言ってろ」

 グイ、と俺の肩を持って、アイツは俺を押し避けた。
俺は一応、素直に退いてやる。・・・宣戦布告は、もう済んだからなぁ?
 キッと俺を一瞥し、あいつは路地から出ていこうとする。
行く先に、少し眩しいような、あの本屋の通りが見えた。
・・・あ?
不意に、アイツの足が止まって・・・しかし、こちらを振り返るでもなく。声、だけが。



 「―――死ぬ気で、かかって来いよ」



 そして今度こそ、その歩みを止めることはなく。
アイツは、眩しい表通りへ・・・。

 「・・・上等」

 俺の唇を、ゆっくりと吊り上げて。



 ・・・さぁ、ゲームは始まった。コールドゲームをする気はねぇよ。



 ―――『無我夢中』、やってやろうじゃん。

















  前途多難<芭唐サイド:無我夢中>    終。
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水風さんのあとがき☆

 た・・・楽しかった!!本当にポンポン言葉が浮かんできて・・・!
茜梨さん、素適なお誘い、ありがとうございました!!
 それにしても・・・如何でしょう、ドライ芭猿。
この話のテーマは『知的で生意気な猿』でした。(茜梨さん、そうですよね??/確認/笑)
でも最後の方は・・・芭唐さん、立場強いよ?!あちゃー★ごめんなさ・・・!(汗)
 とにもかくにも、初めての芭猿でしたー!!


茜梨の勝手な感想!

お疲れ様でした水風さん!!
誘ったのは私のくせにホント遅筆ですいません・・・
もー水風さんの芭唐さんかっこいいなぁ・・・vvv
なんだか難産した芭猿ですが、二人の愛は込めまくってますvv
天国サイドも見てやろうと言う心の広いお方は下からどうぞ・・・v
では、水風さん、有り難う御座いました〜!!
あ、太字に触ると意味が出ますよ〜








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