天国Side





‡‡ 無味乾燥 ‡‡





【『――さぁ、その手に持っている物を渡すんだ!!』
マーカスは己が息子に掴みかかる。
彼はそのままニクスに向かって拳を振り上げた。

『嫌だ!離して、やめてよ父さん!!』

両の瞳から大粒の涙をこぼして、ニクスは叫ん――】



「さるの・・・?」


――?


物語は佳境。出来れば誰にも邪魔されずに最後まで読みたい所だ。
でなければ、態々十二支校区から外れたこんな本屋まで来た意味が無い。

――こんな時まで神経張ってるんだなー・・・

自分についてまた新たな発見だ。
集中して本を読んでいても、視線と呼びかけは分かるらしい。
全くもって、嬉しくも何ともない発見だが。

「・・・・・・」

心中で溜息を吐きながら、ゆっくりと顔を上げる。視線は声の主に。
偶然にも十二支の奴だったらちょっと面倒だな・・・
とか思わなくもなかったが、まずは誰かを判断しなくてはいけない。

「・・・ああ、御柳か」

そう言ってまた視線を活字に戻す。華武の奴なら問題無い。
しかも、確かアイツは「野球に興味がない」と言っていた奴だ。
十二支との仲は最悪と言っても良い。

御柳が、掛けられた言葉に息を呑むのが伝わってきた。
今頃はどうせ立ち尽くしていることだろう。











【『ああニクス、私の愛しいニクス・・・。私が間違っていたんだ、私が!!
 だから・・・どうか目を、目を開けておくれ・・・愛しい我が子・・・』
マーカスはあの時のニクスのように泣き続ける。

血に濡れた手で顔を覆って。

しかし、彼がいくら泣き続けても、
しかし、彼がいくら後悔しようとも、
愛しい息子は帰って来るはずがなかった。

なぜなら・・・

ニクスは永遠を手にいれたのだから!】



――・・・・・・つまんねぇ話。

パタン、と小気味良い音を発てて本を閉じる。
少し目を閉じると、見える暗闇の中で、じんわりと目が休まるのを感じる。
存外目は疲労していたようだ。

五秒ほど目を瞑って休ませ、ゆっくり開く。
眼鏡を掛け直した後、ふと御柳はどうしたのかと思った。
あれからまだ15分ほどしか経ってないが、先程いた場所からは遠退いたようだ。

・・・とは言っても探すなんて面倒な事はしたくないので、
そのまま帰路に付く。

少し店員の視線を感じなくもないが、
何も買わずにその本屋の自動ドアをくぐり抜け・・・


「――あ、思ったより早かったな。」


帰ったか、という予想を反して、くぐり抜けた先には
御柳が、以前見たときのようにガムを噛みながら立っていた。

先程は噛んではいなかった。
どうやら本屋からいなくなったのはガムを買いに行っていたらしい。

「・・・なんでまだいんだよ。」
聞いたのは単純に気になったからだ。


――・・・気になる?誰が誰を気になるって?


自分で理由付けた筈なのに、その理由の矛盾に疑問が湧いた。
誰かに興味が湧くなんてありえない。初めてだった。

「アンタ待ってたに決まってんじゃん。・・・途中、コレ買いに行ったけどな。」
――コレが無いと本調子出ねぇんだよ。

そう言って、ピンッと親指で、まるでコインを弾くように弾いたのはガムだった。
予想通りだ。やっぱり俺は何処もオカシクない。
予想が当たるのは当たり前。少し落ち着く。

しかし、ガムが無いと本調子が出ないとは。

「・・・変な奴。
――で。この俺に何の用?」

少し不機嫌そうに、怪訝そうに、言ってみる。
御柳は予想通り少したじろぐ。

うん。俺のペースだ。

「・・・用ってか、質問ってか・・・。まぁ聞きたいコトがあったってトコだな。」

「あ、それだけ?なら帰る。俺には聞いても何のメリットも無いし。」

そう言って今度こそ帰路に付こうとする。どうせ聞かれる事なんて決まりきってるんだ。
『なんで眼鏡な事を隠してるんだ』とか
『普段はどうして馬鹿の振りをしてるのか』とか。

もう飽き飽きした。少し変な奴だなとは思ったけど、やっぱり皆一緒なんだと思った。


「っちょ、オイ!!」

パシッ!!と妙に軽快な音と、右腕に僅かな痛み。

『「話だけでも聞いてくれ!」』

こう言うと思った。
そう言われたら無理にでも腕を振り払って帰ろう。もう面倒臭い。
そう決めた。

しかし御柳は、まるで物思いに耽っているように何も言わない。
クチャ、とガムを一度噛むだけだ。

「離せ。」

思った通りに口にする。含ませた感情に、御柳は一瞬、息を呑んだ。
・・・これ以上は待ってられるか、と振り払おうとした時――


「―――っガ、ガムは・・・オマエ、何味が好きなんだ?」


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

―――――は?

今なんて言った?
ガムとかなんとか・・・
えーと、ガム?コイツガムの何味が好きかって聞いたのか?



・・・・・・・・・・・・ぷっ



「っははははは!!!何なんだよ、オマエ!!普通、ここで『ガム』か?!っあはははは!!」


「っるせぇよ!!で、どうなんだよ?!」
頬を朱に染めてヤケクソ気味に叫ぶ御柳。


――ガムねぇ。そういや好きな味なんて考えた事もなかったな・・・

甘いのはゴメンだ。気分が悪くなる。
どうせなら目の覚める爽快感のある方が良い。

「そうだ、な。俺は・・・ハーブミント辺りにしとこうか。」
笑いを未だ含んだままの声で言う。
こんな声を聞いた事が在るヤツが一体今までで何人いる事やら。

だが、本来ならば喜ぶべき事であるその声に御柳は一瞬眉根を寄せる。
どうやら一瞬なりともムカつかせてしまったらしい。


此処は本来突如呼び止められて無駄な時間を過ごしてる俺の方がムカつくべきだと思うんだが・・・


そう思っていると頬を僅かに朱に染めた御柳がその双眸で睨み付けてきた。
「ってめ・・・いつまで笑ってやがる」

恥ずかしいと少しでも思うんなら最初から変な事聞かなきゃ良いってのに。

内心も外見もクスリとだけ笑って
「いつまで?さぁな。」
と軽くあしらってやり、

トン・・・

俺は軽く壁に凭れた。

先程の書店の店先から一本ばかり入りこんだ少し薄暗い路地。
少し奥に行っただけなのに、その雰囲気は一転してピンと張り詰めたものになる。
そんな場所で、俺は壁を背にして笑みを浮かべて見せる。

勿論柔らかなそれとは違って、挑発するような、身長の差なんて関係無しの威圧的な笑みで。

「―――で、アンタの聞きたい事って何?
気が向いたから、聞いてやるよ。」

俺のそんな物言いに、御柳の顔が一瞬顰められる。

そして、その苛ついたような顔のままフンと小さく鼻を鳴らす。
恐らく無意識の内に、だろう。
御柳は俺と反対側の壁に凭れ、言う。


「聞いてやる?随分な言い方だなぁ、オマエ」


―――・・・そりゃこっちの台詞だろうが。

聞いてもらう方が下手に出ないでどうするんだ。

・・・まぁ俺相手に弱味を見せてられないというのもあるのだろうが・・・。

「別に、アンタが下で然るべきだろ。
さ、早く言えよ。気が変わらない内に、な。」
思った通りに口に乗せる。
そして口元には嘲笑。


「・・・・・・・・・・・・」


御柳は何か考えを巡らしているらしく暫しの間静寂とも呼べぬ、張り詰めた空気が。

御柳の表情から読み取れるのは、悔しさと・・・

――・・・・・・喜び・・・・・・?


なんでそんなに楽しそうな顔をしてるんだよ・・・

何処か子供のような、
何処か残酷さと非情さを感じさせる顔。

ニコリというよりは、ニヤリという、不敵とも取れる表情。


「――気が変わらないうち、ねぇ・・・。」

クチャクチャとガムを噛む音のみが路地裏に響く。

なんか・・・苛々してきたかも。

「・・・早くしろ。」
「そーだなー・・・急ぐこともないっしょー。」
重圧をかけて言っても暖簾のようにかわされる。

クチャ、クチャ、クチャ、クチャ・・・。
一度風船を膨らまし、それから割る。

――行動が一々むかつく奴だな。

そして気付く。
奴の、下から上へ、品定めでもするような視線に。

――なんだってんだよ・・・。

「オマエ、さ。他人と関わんの嫌いだよなぁ、実は。」

ピクリ、と思わず眉が動く。

「普段は・・・『だから』、馬鹿やってるんだろ?じゃねぇと、めんどいもんなぁ?」

――当たり前だ。
こんな容姿でそれ相応の行動してみろ。
これ以上群がってくる奴を増やして堪るか。

内心、そうは思えど、微動だにせず訊き返す。
御柳の、下から覗き込むような視線をも無視を決め込んで。

「・・・へぇ。・・・何を根拠に言ってるんだよ、お前。」

とりあえず、そこまで見抜いた事は賞賛に価する。

だが――所詮はそれまでだ。

「根拠?根拠ねぇ・・・。オマエの容姿と・・・俺の直感、とかでどーよ?」
にぃっと口の端を持ち上げて此方を見据えて言ってくる。

ちっ、正解だ。

内心で舌打ちをする。
なんだってこんな奴に見抜かれなきゃなんないんだ。

先程とは真逆の事を思っている事にはっと気付く。
おいおい、どーした自分。
おかしい。俺はこんな奴じゃなかった筈だ。

御柳を見据えたまま考える。

二人の間に静かな時が流れる。

・・・俺の答え待ちってか。


――コイツ、結構面白いかも。


「あ?」


突如御柳が声を出す。
自覚は無いが恐らく声を出して言ってしまってたみたいだ。
思わず間抜けな顔になりそうなのを、無理矢理不敵な笑みに置き換える。
無意識に声を出すなんて初めての事だ。
そんなのをコイツに知られたくなかった。

普段とは違う俺。
それをコイツだけが知ってるというのが、どうにも不快だ。


「――空気が良いわ、ココ。」

思わず、といった感じで御柳が洩らす。
小さな声ではあったけど、明確に聴きとってきっと睨む。

「空気が良いだ?訳解んないこと言ってんじゃねぇよ。」

そしてそろそろ苛立ってくる。
なんで俺がこんな所にいなきゃなんないんだ。

・・・そうだ、コイツが質問したいとか言うから、ガムとか言うからちょっと聞いてみたくなったんだ。
ったく、聞きたい事があるなら早くしろっての。

「質問、早くしろ。」

思った事は即刻言葉に乗せて。

「別にー。オマエと一緒で、楽しいんだよ。・・・俺、オマエに興味出てきたぜー」

また、クチャクチャとガムを噛み、風船を膨らませて言う。
茶化すように言われた言葉にムカっ腹が立って、冷たい瞳で見返す。

俺の中では、早く質問しろって言われたんだから早くしろよ。とか、
人にものを聞くのに何時までもガム噛んでんじゃねぇよ。とか、
いろんな事が渦巻いている。

そして改めて思い直す。

――俺は人には興味を持たないんだ。

だって面倒だし。生きる事は辛く残酷だ。
他人に構ってる余裕は無い。


「馬鹿馬鹿しい。」
「あ?」

突然なんだ。とでも言いたそうな奴の表情。

「――興味だって?誰が誰に興味が出たって?
巫山戯るのも大概にしろよ、そんな薄っぺらい感情は存在しないんだ。」

そこでふっと息を吐いて。

「・・・軽すぎて反吐が出る。」

冷たく冷たく、突き放すように言う。
これに動じない奴はどうかしてる。

しかし、予想を反して、言い終えた俺に御柳はニヤリと笑って言い返す。

「他人に興味ねぇ?・・・なら、俺に興味もたしてやろっか?」
「・・・は?」

俺に興味?何言ってんだコイツ・・・

「だって、なぁ?オマエ、あの犬には嘘でも構ってやってんじゃん」

・ ・ ・ ・ ・ ・

なんでそこであの犬が出てくるんだよ。

コイツは、
『もし俺が、普段は誰にでも構ってやってるくせに、俺にだけ構わないと言う事は、俺は特別なんだ。』
とかいう意味合いで、犬を引き合いに出したんだろう。

――・・・冗談じゃねぇ。

「・・・俺は、アンタのゲームになんざ、乗らねぇよ。」

しかし、口から漏れた言葉は妙に弱々しくて。
まるで捕食者に捕えられた獲物の最後の抵抗のような声音。

対して御柳は一層楽しげに。

――ちくしょう。

一体、どうしたんだ俺は。


クチャクチャ・・・
奴は壁に凭れたまま何度もガムを噛む。
馬鹿にされてるみたいで癪に障るので睨み続けてやる。


そうして暫く時間が流れて・・・
漸く俺から口を開く。

「・・・俺は、お前が嫌いだ。嫌いで嫌いで、仕方ない。」

自分で自分に言い聞かせるように言う。

そうだ、俺はコイツが嫌いなんだ。
――・・・なのになんでここから離れない?

二つの意見が心の中で混ざり合う。
「へぇ〜・・・。俺は、オマエのこと、けっこう好きだぜー?オマエは、俺に惚れる予定だし。」
御柳は、そうニヤニヤと笑いながら言うと、あはははは!と路地中に響く声で高く笑ってくる。

混ざり合ったものは怒りへと変換されて・・・
シルバーフレームの眼鏡越しにギロリと睨む。

――誰が誰に惚れる予定なんだか。自惚れるのもいい加減にしろよ。
お前なんかその辺の一通行人に過ぎないんだ。自分だけ特別なんて図が高すぎる。

・・・これ以上会話するのも面倒になってきたので、そうは言わないが。
その代わりにもういい、と口にする。

「――惚れる、だ?
・・・もういい、俺は・・・俺はお前が嫌いだ。お前が、どう思っていようとも、な。」

そうだ、惚れられる事には不本意だが慣れている。
そしてそれを気付かない事に・・・無かった事にする事も。


「いいぜ?望むところっしょー」
「・・・あ?」

しかし意外な事に御柳は嬉しそうに返してくる。

あぁ苛々する。

本当はこんな風に怒りを露にするのもおかしいんだ。
まるでコイツだけが特別みたいじゃないか。

冷たくあしらってやればいいのに何故それが出来ない?

自分に問うが答えは出ない。
それがまた苛立ちを増幅させる。

「・・・『望むところ』?相手を間違えるな。俺を誰だと――」


ダンッッ!!


「―――『猿野天国』。」


不本意だ。


思わず怯んでしまいそうになる程力強く、両手を顔の両横に突き立てられて、
高い所から威圧的に見下ろされてそう思う。

御柳は続ける。


「お前を、俺なしじゃ生きていけなくしてやるよ。」


負けずに此方も御柳を睨み返す。

「――・・・は!言ってろ。」

吐き捨てるように言うと奴の肩をグイと押し退ける。
存外簡単に退く御柳。顔を見ると妙に満足げだ。言いたい事は全て言ったという事か。
キッと御柳を一瞥してから俺は路地から出て行こうとする。

・・・思えばこんなにずっと誰かを睨んでいた事なんてなかったなと思う。
御柳だけ特別なんて癪だけど。

通りからは眩しい光が見えて、何だか漸く元の俺を取り戻せそうな気がする。

ピタリ、と足を止めて。

「―――死ぬ気で、かかって来いよ。」

振り返ってはやらない。奴にはそれで十分だ。
この俺に手加減なぞしたらどうなるか。



初めて聞かせた笑い声。
初めて振りまわされた精神。
初めて睨み続けた双眸。
初めて怒りを露にした相手。



そうだ、死ぬ気でもどうにかなってなんてやるもんか。


俺は唇の端をゆっくりと持ち上げて。





さぁ、ゲームは始まったばかり。

一点だってやる気は無い。

無味乾燥だった俺を、変えてみせろよ。




そうして、

俺は眩しい通りに足を踏み出した。















―――――――――あとがき。

前途多難の<猿野サイド:無味乾燥> 終わりました〜!!!

楽しく書けました今回の作品!!

水風さんが芭唐サイドで、茜梨が天国サイド担当でした☆

・・・でも途中スランプなど色々あって遅くなってしまって・・・

辛い時期もありましたが、終わってみれば楽しかったなぁ・・・と、

達成感に満ち溢れております☆

水風さんとの共同作品でしたが、(ほとんど水風さん作/をぉい)

いかがなもんでしたでしょうか・・・??

眼鏡猿でドライな芭猿〜な感じで書き始めましたが、

水風さんの作業の早いこと早いこと!!

ほんと迷惑を掛けてしまってすいません!!

とにもかくにも水風さん、有り難う御座いました〜!!☆

あ、太字にカーソル合わせるとなんか出ますよ〜!








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