花はその葉や根で
乾燥や崩れを防ぎ
土はその栄養で花を養い
根を張る場所を与え
†† タツナミソウ8 ††
ぱんぱんぱん
「よく言った。」
突然室内に響いた拍手に、完全に自分達の世界に入っていた二人が慌ててそちらを見やる。
最後に獄寺に『それでお前はどうなった?』と質問してから一言も話さずに二人のやり取りを見ていた老人が、嬉しそうににやりと笑っていた。
「イタリアにいた時、部下にお前達の事を調べさせていたんだが・・・報告より随分進歩しているようじゃないか。」
「――え、あ・・・はい、ありがとうございます。」
その一言でふわっと雰囲気が和むのを肌で感じて、一瞬惚けたツナは慌ててぺこりと頭を下げて、
――この人が9代目なのかぁ・・・。
今更ながらにそう考える。
さっきまで、このおじいさん滅茶苦茶怖いというのと、獄寺くんの馬鹿という事しか頭になかったし。
「“ボスになる意思なし”と聞いていたからどうしたものかと思っていたが、その心配は無用だったようだな。」
『いやすいませんそんな事ないんです。実はさっきのさっきまで全くなる気ありませんでした、すいません!』
思わずそんな、この老人が聞いたら怒り出しそうな事を言いそうになるのをツナはぐっと堪えて、ひくっと引き笑いを浮かべた後、
「はぁ・・・そうみたいですね・・・」
曖昧に誤魔化した。
「・・・あの、それで・・・9代目は何故日本に?」
ツナの気まずそうな雰囲気を察してか察せずか、空きそうになった会話の間に獄寺が何気なく入り込んだ。
「ああ、我がファミリーの新しいボス候補とその部下を試したくてな。」
けろりと言われた一言にツナと獄寺の二人がぽかんと口を開く。
「・・・は、え・・・試すって・・・?」
「テストだテスト。日本語には結構自信あるんだが用法を間違っているのかな?」
本気でそうは思っていないという声音に、それでも一応、いえ…合ってます。と獄寺は返して、ツナが浮かんだ予想に辺りを見渡して言う。
「・・・じゃあ、もしかして後ろの人達って・・・」
「ああ。全てボンゴレファミリーの人間だ。」
顔には皺が刻まれ、どう考えても老人にしか見えないのに、まるでいたずらの成功した少年のようににやりと笑ったボンゴレ9代目に、
「や、やっぱりー!!」「ファミリーでも見たことない人達ですね。俺、殺す気一歩手前でやってましたよ・・・。」
ツナが頭を抱え、獄寺が唖然と周りの男達一人一人を見つめて冷や汗を流した。
その二人の様子に老人は短く声を上げて笑う。
「はっはっはっ、その辺は大丈夫だ。多少使える奴しか連れてきていないし、まだ三人しかいないお前達に、
これだけ多数でかかって殺られるような玉じゃない。さ、味方だと分かった所で・・・おい、手当てしてやれ。」
その一言に、まるで初めからそういう段取りだったかのように重そうな救急箱を持った眼鏡の男が、
周りを取り囲む集団の中からひょいと出てきた。
「シャツ脱いで。」
「・・・はい。」
言われた通りに背中の部分の大きく開いたシャツを脱ぐと、さっきまで極力気にしないようにしていた痛みがぶり返す。
背中の部分のシャツが皮膚にくっついてそれごと剥がれそうになるのを、眼鏡の男が手際良く背中の部分だけはさみで周りから切り取る。
そして何か薬品をかけて皮膚からシャツをぺりぺりと剥がしていく。
医者よりも手早いなと思う間もなく、背中からのこの世のものとは思えない気絶しそうな傷みが襲う。
堪らずうっと呻くと、10代目を心配させないように何か考えることで気を紛らわそうとする。
「・・・・・・。」
色々考えて、さっき当たり前のように9代目に言われた一言を思い出して獄寺がむっとして押し黙った。
『俺だってあの一言がなきゃもっと暴れてました。』
ビルに入る前にリボーンに言われた一言を思い出してそう言いたくなったが、
やっぱり自分は死ぬ寸前だった手前、そう偉そうなことは言えない。
しかも背中にはかなりの重症を負ってしまっている。
せめてこの皮を剥いだ皮膚に何度も塩水をかけられるような痛みには平然としてようと、ぎゅっと見えないように汗をかいたこぶしを握り締めた。
その様子を笑いながら見つめて、あ。と老人が口を開く。
「そうそう。これでも一応殺さないように手加減しろとは言っておいたんだぞ。お前らが死んだら元も子もないからな。」
「・・・・・・。」
『そんな手加減いりません!』
――って言いてぇ!
今にもセリフが口から飛び出そうな衝動を無言でやり過ごす。
口を開いたら絶対に呻くか悲鳴をあげる自信があった。
老人はくつくつと喉で笑う。
「なんだ、手加減されたのが気に食わないのか?・・・そう気負うこともない。テストにならんから殺す気でやれとも言ってあったからな。」
「・・・・・・そうですか・・・。」
――9代目ってこんな性格だったっけか?
獄寺は今まで抱いてきていたボンゴレ9代目のイメージと、目の前の嫌味な少年のような老人とのギャップに苦しむ。
「ただ、どうもその加減が難しかったらしくてな。普段から手加減なんてしないやつらだからなぁ。
手を抜きすぎて馬鹿丸出しの奴や、逆に加減が分からずやりすぎるやつもいたようだな。背中、痛くないか?」
「平気です。」
絶対今の獄寺の状況を分かって言ってる嫌味な問いに、獄寺は努めて何事もなさそうに返した。
「・・・で、結局テストの結果はどうなんですか?」
それまで獄寺に『大丈夫?』とか『ごめんね・・・』とか『・・・ありがとう。』とか言っていたツナが老人に問い掛ける。
ツナに掛けられた言葉に、
『はい。痛くもないですよ。』とか『10代目が謝られる事なんて何もないですよ。』とか『いえ・・・。』
とか答えていた獄寺も、こくこくと頷く。
二人の視線を浴びて、老人はふぅと一呼吸置いた。
「あっさり捕まる綱吉は大変頂けない。普通の中学生ならそれでいいかも知れないが、お前はボスになるんだ。
このままではとてもじゃないがこいつ等を任せられない。」
つい、と周りを見渡してツナの方を真っ直ぐ向いて言う。
「・・・はい・・・。」
分かってはいたがあまりにはっきり突き付けられた現実に、ツナが悔しさに眉を寄せる。
――もっと前からボスになるために頑張っとけば良かった・・・。
そう考えるツナの頭にぽんと皺の多い手が乗る。
「――が。さっきのお前の啖呵は気に入った。・・・精進して強いボスになりなさい。」
「・・・え・・・」
上から降ってきた意外な言葉にツナが小さく声を洩らす。
――啖呵って・・・さっき獄寺くんに約束したセリフ・・・?
「・・・は、はい!」
思いつくや否や、ぶわっと込み上げてきた喜びに、ツナは優しく撫でる掌の下から大きく返事をした。
「・・・はい。終わったよ。」
眼鏡の男が救急箱を片付けながらそう獄寺に言う。
すっと身を引く男に、ご苦労。と言って、老人は獄寺を見た。
ツナの頭から手を離して言う。
「獄寺の忠誠心と身のこなしも気に入った。あんなひょろっこかった子供が立派になったもんだ。
・・・だがまだまだ先を読む事がなってない。最後にダイナマイト一本しか残らないのはどういうことだ?
上に上がるにつれて敵が多くなるのは目に見えてるだろうに。
・・・あとはそうだな・・・少し気が短すぎるんじゃないかと思う。
綱吉を見た時の反応がオーバーすぎる。大事にするのは勿論良いが、そうなるとお前、綱吉しか見えてないだろう。」
「うっ・・・。」
一番痛い所を突かれて獄寺が苦々しい顔で呻いた。
老人はすぅ・・・と神妙な顔を作って、腕を組む。
「以上のこと等を踏まえて思案した結果・・・――」
嫌な間に誰かがごくりと唾を飲む音が響く。
そのまま10秒ほど待って、老人はにこりと笑った。
「おめでとう。合格だ。」
『おぉー!』
その一言に周りからどっと歓声があがった。
歓声と共に男達がわらわらと獄寺とツナの二人に駆け寄って来る。
胴上げでも始めるのかという勢いに二人がたじろぐと、男達から一斉に二人へ向けて声が掛かった。
「Complimenti!」
「Splendido garzone!Sono abbastanza pericoloso」
「Scusa,dorsale ferita…」
四方からかかるイタリア語に獄寺は特に違和感も感じず「どうも」とか「そうでもないっスよ」とか「いえ別に・・・お互い様ですよ」だとか
適当にイタリア語で返してゆく。
ツナに向かってはなぜか同じ日本語が四方八方からかけられる。
一斉に喋られるだけで何がなんだか分からないのに、その全員が一様に握手を求めて来るものだからツナは対応に追われててんてこ舞いになった。
「おめでとうございます!」
「おめでとうございます10代目!」
同じような格好で同じ言葉を大声で言う男達になすがままに手を取られて、頭のこんがらがったツナは「はぁ・・・」と生返事を繰り返した。
アイドル握手会大混乱のような構図に引きつった笑いを浮かべていると、
「おめでとうございます。10代目。」
よく通る声が耳にすっと入り込んだ。
周りの男達がぴたりと黙ったところをみると、偉い人が来たようだ。
誰だろうと振り返ると、口の横に絆創膏を貼った見覚えのある男が立っていた。
「あ・・・さっきの・・・」
ツナと目があってにこっと笑った男は、
「――先程はご無礼を。」
と言いながら一礼をする。
それがなんだかとても様になっていて、だから次に男が顔を上げた時、片頬が痛々しく膨れているのが不釣り合いでツナは思わず笑ってしまった。
「・・・“ほっせぇ腕”で悪かったですね。」
ツナが笑ったのとむったしたのとを混ぜたような変な顔をしながら言う。
不思議と目の前の男は、マフィアだというのに冗談を言える程度の話しやすがあった。
ツナの言葉に男は少し慌てたように早口に喋り出す。
「あれは‘獄寺がこっちに近付いてるから綱吉に何かしてみろ。’という9代目の命令でやっただけでして決して俺の本心ではありません。
それに、そのくらいの年ではそんなものだと俺は思いますよ。」
「そうかなぁ・・・。」
男のセリフにツナが自分の腕を見る。
周りよりも小さく細い自分の体型を、ツナは気にいってはいなかった。
「ええ。これから成長期でがっちりしていきますよ。絶対。俺も昔はそんなものでしたから。」
そうはっきり言う男の全身をざっと見て、うーんとツナは首を捻った。
確かに筋肉隆々という訳ではないのだが、元が自分のようだったとはとても思えない。
――どっちかと言うと獄寺くんを大人にしたみたいな・・・
そう考えてツナはこの男の雰囲気がどことなく獄寺に似ているのに気が付いた。
毛色も髪型も顔も肌の色まで違うのに、男の纏う雰囲気は確かにどことなく獄寺のものと似ている。
目が似ているのかもしれないとツナは思った。
少し離れたところで男達に肩を叩かれたり髪の毛をかき回されたりしてなんだかんだ楽しそうにしている獄寺をちらりと見て、
ツナはうんと心の中で頷いた。
――どーりで話しやすい訳だ。
もしかしたら血が繋がってたりするのかも知れないとも思ったが、なんとなくそこまで聞くのが躊躇われてツナは他の疑問を口にした。
「・・・そうだ。皆さんイタリア人なのに日本語上手なんですね。」
それを聞いた男はなぜか、ああ・・・と複雑そうな顔をした。
「9代目は仕事で、俺は趣味で覚えました。皆は・・・――」
「私が練習させだんだよ。各自一言二言言う言葉を決めてそれだけ何百回とね。
『おっ、起きたみたいだぜ。』に『感動の再会はすんだか?』に『追え!逃がすな!』に『さっきのお返しだ』。どれも聞いたセリフだろう?」
急に会話に入り込んできた老人に、男が苦々しく溜め息をついた。
「なるほどー・・・」
ツナはそれに気付かず、そういえば聞いた気がするなぁ。とか、道理でなんか悪党悪党したセリフだと思った。とかぼんやり考えていた。
「こんなボスですいません。」
ぼんやり一人で納得していたツナに、男が軽く頭を下げた。
そのセリフにしかし老人は怒る訳でもなく、豪快に口を開けて笑う。
「はっはっはっ。たまに楽しみもなければやってられんからな。」
反省のはの字も見られない老人に男は笑って溜め息をついて、ツナを見ながら言う。
「・・・10代目が素晴らしいボスになって下さることを祈ってますよ。」
そのセリフに老人は
「それはどう言う意味かな?」
と片眉を上げる。
「いえ、特に深い意味はありません。」
それに男が平然と答えた。
――・・・・・・なんか・・・思ってたのと違う・・・。
思ってたより仲良さそう・・・マフィアって案外こんなもんなのかなぁ・・・。
馴れ馴れしいというより信頼し切ってる感じだなぁと考えて、ツナは微笑ましい二人を見て笑った。
――――――――――
中書き。
ごめんなんか最後だけ長くなったから一旦切ります。
趣味入りまくりの話ですんません・・・(汗)
太字にカーソル合わせると意味出ます。
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